一〇・失ったもの、奪われたもの
ちょっと今回グロ描写が入りますので、苦手な方は Back to home
キーワード:新装備
2012/01/13:サブタイトル修正
2012/01/22:誤字修正・ご指摘ありがとうございました。
案内されたのは、家人のいなくなった一軒の家だった。
先ほど感じた男たちの視線は非常に不快なものだったのだが、ここにきて初めて見る人の住む建物に、晶は興味津々な様子で入り建物を見上げ、壁に触れてその質感に満足げな表情を浮かべ、最後に扉を開き……そして思わず固まった。
なんというか、住居の中はどこかで見たような日本の田舎の古い家屋のイメージそのものだった。
窓はガラスのない棒で固定する突き上げ窓で、周りを囲う壁は石と煉瓦っぽいもので作られた、いかにも“らしい”物だったのに、引き戸……この時点でまあ何とも言えないのだが……中に入ると入口近辺は四畳半程の広さの土間で、壁際には煙突を備えたかまどが据えられている。
その奥には大人が腰かけられるような高さの縁側があり、そこから一段高くなった場所が、居間にあたるのだろう。ご丁寧に今と縁側の間には木製の襖のような物が仕切りとして据えられている。
――ここまで日本ぽいなら畳くらいあったっていいのに……
居間にあたる部分は残念ながら板敷で、座布団替わりなのか、三枚ほどの円茣蓙が敷かれているだけだった。
なんとも中途半端な日本ぽさに、実に微妙な感想を抱いた晶だったが、一つ溜息をついただけで、サンダルを脱いで居間に上がりこむ。ドゥガは荷物だけを下ろし、部屋に備えてあったランプを調べ、オイルの有無を確認してから火をつけ、縁側に腰を掛けた。
「……で、あの露骨に怪しい態度をどう思う?」
茣蓙をつなげてその上でゴロゴロし始めた少女を、やや呆れた表情で見ながらドゥガは尋ねた。
――どう思うも何もなぁ……あいつら、完全に俺の事狙ってるよなぁ……
奴隷売買というものがある程度の規模で行われていることは、すでにドゥガから聞かされている。
自分という“妖精種”が高級奴隷として“加工される”……加工内容は恐らくろくでもないものなのだろうが……と、場合によっては小国なら国が傾くほどの価格がつけられることも……“価値の高い商品”になりうると、教えられてもいる。
あの、最後に感じた不快な視線は、自分の事を“商品”としてみていたそれだ。若干性的な目で見られていた雰囲気もあった気がしたが……考えると気味が悪いことこの上ないのでなかったことにする。ペドは死ね。
――しっかしなあ……いきなり俺みたいな“珍品”を目にしたからとはいえ、あんな露骨な態度取るようじゃ……あの男商才なんてないよなー。どっちかというと……カモ?
「少なくとも、一人で店を切り盛りできそうな器ではなかったな。あれは」
ドゥガの評価も同じようなものだった。
「たまたま来た隊商に、空き荷の馬車があるだって?東のエリアスタを出た後、ここに来るまでの間にめぼしい村も街もない。多少は荷物は目減りするだろうが、空荷の馬車を二つも出すなど商人ならばありえん話だ」
この村で商品を仕入れる予定がなければな。
言外に含まれる色々な意味に対して、少女も同意するように寝転がったまま頷いて見せる。
その、ドゥガの言う商品は恐らくまだ村の近辺で管理されている可能性がある。あの時、ドゥガが村人の事を聞いた時、取り巻きの一人が不自然に視線を巡らせたことを、男も少女も見ている。
そこに村人がいるかどうかはわからないが、何らかの手がかりは掴めるだろう。
――しかしこれって、あんたが首を突っ込むことなのか?
ゴロゴロしながら晶は疑問を含んだ視線を送り、男は軽く肩をすくめて見せた。
「性分なんで仕方ない」
そう言うと徐にドゥガは立ち上がり、腰の剣を外して縁側に立て掛けると、代わりに背嚢に括り付けた短刀を背中側のベルトに固定する。
「とりあえず、長に言って周囲の見回りをしてくるとしよう。晩餐前に腹を減らしておこうと思うしな」
軽い口調とは裏腹の真剣な表情を浮かべるドゥガの、言外の言葉にしばし思案を巡らせた少女は、寝そべり足をパタパタさせながら肩越しに手を振って見せた。
「……残るのか?」
男と行動を別にする危険性の高さは少女にもよくわかっていたが、ドゥガについていくには泣きたいくらいに体力がない。自分が付いていった場合ドゥガが激しい散歩に費やす時間は下手をすれば五倍、一〇倍かかることになるだろうことは簡単に考えられる。
「……まあ、少なくとも怪我をしたり命を取られたりすることはないだろう」
それだけ言うと男はその巨体にもかかわらず、まったく物音を立てることなく建物からするりと抜けだし、夕闇の迫る外へと走りだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男が出て行った後、念のため戸締りをしっかりしてからしばらくの間、光源と言えばランプのみの薄暗い部屋の中、何もすることがない少女はひたすらごろごろしていた。
具体的には部屋の隅から隅までを目いっぱい使って。
その、ゴロゴロしている最中、ふと目が留まった小さな箪笥に少女は思わず耳をピクリと震わせる。それからやや思案するような表情を浮かべると、意を決したようにタンスに近づき……一つつばを飲み込むと、ゆっくりとその、一番下の引き出しを開けてみる。
そこにあったのは……まさに少女が望んでやまないものだった
――パンツきたーーーっっっっ!!!!
そこにあったのはまごうことなき女性用の下着だった。三角形の2枚の端切れと2本の紐で構成されたシンプルな、腰の横で紐で結ぶタイプの下着が一〇枚ほど、きれいに畳まれて仕舞われている。
少女は誰もいないはずなのに思わずきょろきょろとあたりを見回し、まるで危険物に手を伸ばすかのようにパンツに手を伸ばし、指が触れそうになった寸感思わずひっこめ……しかし勇気を出して、シンプルな白い下着を一枚その手につかんだ。
――……すんません頂きます!
心の中でこの下着の持ち主であろう名も知らぬ女性に平謝りしつつ、少女は羞恥心で顔を真っ赤にしながら、今の今までのーぱんつであった下半身に、新たに手に入れた装備を装着する。
――久方ぶりのパンツ―!!
男の時はトランクス派だったので、このぴったりとした下着の感触は何とも表現しずらいものだったが、今はその微妙な締め付け感も心地よい。
大げさだが、ようやく文明人に戻れたような……それくらい、下半身が無防備都市宣言をしている状態は、不安で一杯だったのだと改めて思う。
心の底から喜びの声を上げ、躍りだしそうな勢いで浮かれまくる少女……実際にくるくる回りだしたが。
少々喜びすぎの気もしないでもないが、何しろ外出時にはパンツを履くという……いやまあそうでなくとも一般人なら履いておいてしかるべきである……文化圏の出身者が、三日間も下着なしでいるというのがどれほどの苦痛かと考えれば、これはある意味当然の喜びであるともいえる。
中にはそんなこと関係なくノーパンツライフの方もいるかもしれないが、あまり一般的ではないので割愛。ご褒美な人の場合はお帰りいただくとして。
ともかくそんな、下着を身に着け下半身の不安から解放されたことで、ある意味この世界に来る以前の心理状態に戻ってしまっていたのかもしれない。
戸を叩く音を聞いただけで、外にいる人物がだれなのかを確認することを忘れるくらい無防備な状態に。
戸が開いた途端、すっかり日が暮れてしまった家の外から伸びてきたのは、少女が知らない男の腕だった。
それが一体なんなのかと認識するまもなくのばされた手は声の出せない少女の口を塞ぎ、それだけで非力な少女の動きを封じてしまう。
戸の向こうから現れたのはさっきの優男の取り巻きのうちの一人だった。やや血走った目に、だらしない笑いを張り付けた男は無言のまま後ろ手に戸を閉め、少女を板の間に放り投げた。
「……っ!」
板の間に叩きつけられた衝撃で、少女は無言の苦鳴を挙げ、その様子に男はいぶかしげな表情を、続けて獲物を狙う獣のような笑いをその顔に浮かべる。
「やけにおとなしいと思ったら、お嬢ちゃん口がきけねぇのか」
そのセリフに少女はぎっと男を睨みつけ、男はその視線が気に入らなかったのか板の間に足をかけ、少女の腹を蹴り飛ばす
――……っ!……なにしやがるっ!
派手に吹っ飛ばされ、壁に激突したせいでくらくらする頭を振り、蹴られたせいで痛みと吐き気を覚えた腹を押さえつつもう一度男を睨みつけ……そんな少女の必死の表情を見て男はにやにやといやらしい笑いを浮かべて口を開いた。
「まさか一人になってくれるとは思わなかったからな……安心しろよ。“妖精種”なら傷物でも高く売れる……というより傷物じゃないと、高くなりすぎて売れないんだ」
――……?
「まあ、知らねぇよなぁ……“妖精種”はわざわざ傷物に加工してから売るんだよ。処女の妖精種なんざ希少度が高すぎて逆に買い手がつかないからな……なら、価値を下げちまえばいい。で、その宝石に傷をつける役目をもらったのが俺ってわけだ」
その言葉が終わると同時に男の手が伸び、反射的に少女は転がってその手をよける。そんな少女の反応が楽しいのか、男はゆっくりとなぶるように少女に手を伸ばすことを繰り返す。
――傷物って……何?俺、犯される?男なのに、男に?こんなに小さい身体なのに?
晶は混乱したまま、自分でもよくわからない恐怖でうまく動かない体を必死に操り、男の手から逃れ続ける。
訳が分からなかった……いや、頭ではそういうことがあるかもしれないと、覚悟していたつもりだった。しかしそれが、いったいどういうことなのかを、本当は理解しきれていなかったことにようやく気が付く。
男のなぶるような態度が嫌だった。
こんな子供の身体を性の対象として見ているその視線が嫌だった。
そのいやらしく歪んだ、涎まで垂らしている口元には吐き気がする。
そして、そんな男に性の対象にされて、ただ震えているだけの自分がたまらなく嫌だった。
「……!?」
「捕まえたぜ?」
ほんの一瞬、先ほど受けた衝撃のせいか、足から力が抜け、男の腕が少女の腕を捕える。
「大人しくしとけばこれ以上痛い目を見なくても済むぜ?何しろお前の保護者ももういなくなるんだしな」
――……なに?
「ま、そんなことはどうでもいいか」
そういうと男はベルト代わりの腰紐を解き、下半身をさらけ出す。
「あんまり力入れてると裂けちおふっ!?」
さらけ出されたそれを、少女はその細い足でできるだけの力で蹴り上げる。瞬間男の腕の力が緩み、その隙に何とか男から離れ……前を見ていなかったせいで土間に転がり落ちてしまう。
「……っのガキっ!優しくしてたら付け上がりやがって!!」
――優しくなんてしてないだろーがっ!
心の中で毒づき、おびえすくみそうになる心を必死に奮い立たせ、少女は震える指先でポーチを開け、その中からドゥガからもらった“符”を取り出し……出し切る前に男に捕まり捕まった状態で頬を張られる。
その衝撃で脳震盪をおこしそうになったが、気力を振り絞り、途切れそうになる意識を何とか繋ぎ止め……目を見開いたそこに男の顔が迫ってくる。
――……っっっっっ!!!!
唇が蹂躙される、そのおぞましい感触に少女の瞳から知らないうちに涙が溢れ出す。その様を見た男はニヤリと目元をゆがませ……空いている右手で少女の服を強引に引き裂いた。それと同時に今度は反撃を受けないように巧みに足を少女の膝に乗せて押さえつけてくる。
――畜生!畜生!畜生!!
少女は必死に抗い、左腕だけはどうにか自由を取り戻したがそれだけで男を何とかするには……
――……!?
“符”を取り出す途中だったポーチから、一枚だけ“符”が頭を覗かせている。
――……“雷の符”
それは本来の性能ならば敵を感電死させる威力を持つが、口訣なしで発動させた場合、全身を痙攣させる程度の衝撃を発生させる。
そうドゥガに教わっていた“符”だった。
――まだ……戦える……!
少女は気付かれないよう抵抗するように左腕で、胸をまさぐってくる男の右手を押し返すように力を入れ……それを鬱陶しく思った男に強引に払わせ、腕を引き戻す途中でポーチから“符”を引き抜く。
――我天地の狭間に揺蕩う数多の精霊に希い奉ら……
心の中で励起文を構築する途中、耳を食み、マーキングするかのように顔面一杯に舌を這わせていた男の舌が、自分の口の中に押し込まれ思わず中断してしまう。
その、ナメクジが口内を蠢くような吐き気を催す感触に強烈な吐き気を覚えたがそれを強引に抑え込み、再び励起文を読み上げる。目の前の男に感じる嫌悪と憎悪、それを上乗せするかのように。
――我天地の狭間に揺蕩う数多の精霊に希い奉らん!我前に在る敵を天より降る力にて撃ち滅ぼし給え!!
少女の心の中で響いた励起文が“符”に籠められ固定化、安定化されていた権能を解放寸前の状態にする。
――その権能“神鳴り”!!!!
励起文の終わりの句。権能の名称を心の中で絶叫し、ありったけの憎悪を込めて、少女は男の胸に“符”を押し付け……そして権能は発動する。
なぜかその本来の威力を解放して。
――……え?
目の前の男は絶叫していた。その声が音を成すことはなかったが。
目の前の男は青白く発光していた。否、青白く輝く光にその身を喰われていた。
全身が硬直し両腕は助けを乞うように頭上に高く掲げられている。
その指先から爪が弾け飛び、光の圧力に耐えられなかったのか指も四散する。髪の毛は逆立ち炎を上げ、大きく見開かれたその目、鼻、口からは沸騰した血液が噴出し、しかし辺りに飛び散る前に蒸発して只の塵となって男の周りを揺蕩う。
そしてそのうち全身が一回り膨らみ、その皮膚は黒い炭へと変化し、めくれあがりその内側の肉が姿を現しそれも真っ黒な炭に変わっていく。
それは、ほんの瞬き数回分のうちに起きた変化だった。
少女が気が付いた時には男は真っ黒な……人の形をした炭に変わっていた。
炭になりきれなかった部分は色鮮やかな生肉の色を所々で晒し、塵になりきれなかった種々雑多な体液が、男だった炭の各部からじんわりと滲み出してくる。
――え……あ……死んで……?
ドゥガから貰った“符”に人を殺す威力はなかったはずだ。ドゥガが騙した?いや、そんな必要ないだろう?でもこいつは死んで……
「……っっ!?」
何が理由だったのか、特に損傷が酷い頭部の中で、なぜか一つだけきれいに残っていた眼球。
それは、今自分が陥っている状況を不思議に思うかの様に、少女に問いかけるかの様にランプの光を浴びて、ぬるりと輝き……
少女はその場で吐いた。
胃の中身を全てぶちまけ、涙と鼻水で顔中をぐしゃぐしゃにしながら吐いた。吐き過ぎて、激しく咳込み……そこでようやく吐き気を飲み込んだが……今度は得体のしれない倦怠感が少女の全身に広がっていく。
――人を……殺した……
土間をはいずるように壁際まで移動し、なるべくあの“人だったモノ”を視界に収めないように……壁に体を預ける。
悔しいと思った……嫌悪感は酷かった……吐き気がするほど気持ち悪かった……殺してやろうと思うくらいの憎しみを覚えていた……
――でも、本当に殺すなんて……
未必の故意という言葉が脳裏をよぎるが……自分はあの時確かに殺意を覚えていた。死んでしまえと思いながら……“符”を使った。
乾いた笑いが口から……漏れない。声を失っているから。
――神様……俺が何かしたんですか……?
そう問いかけるが、ここは異世界だ。たとえ本当にいたとしても、自分の世界の神が出張してくることはないだろう。
……どれくらいの間、少女は壁にその身体を預けていたのだろうか。
少女はゆっくりと立ち上がり……へたり込みそうな足に力を籠めゆっくりと板の間に上がり、先ほど下着を失敬した箪笥の他の引き出しを開ける。
――本命は、ドゥガの方だったんだな……俺はおまけというか、サプライズ扱いだったのかもしれない……
箪笥をあさりながら、晶は考える。
――もういなくなる……あれは恐らく、始末するという意味で使ったはずだ……
サイズの合わない服を何枚も取り出し、眉を顰めながら考える。
――多分……村人の失踪をドゥガのせいにするつもりだ……村を襲い、村人をさらった盗賊団の一味とかなんとかに……するつもりなんだろう……
考えすぎかもしれない。しかしその可能性も捨てきれない。
少女は自分の身長よりも大分大きい、上掛けのようなものを取り出すと身に纏った。
裾が長すぎる気がしたので、一度膝丈まで上げた位置で腰ひもで留め、だぶついた部分を押さえるようにもう一本の腰帯で留める。
髪も邪魔にならないように紐で丁度ポニーテールになるように纏め、毛先の部分も紐で束ねる。
それから再度土間に下り、ばらまいてしまった未使用の“符”を震える手で拾いポーチに入れ、腰紐に装着する。
そして、ドゥガの使っている剣と盾をつかみ……その重さに盾を持つことは諦め、何とか剣だけを両腕で抱え、戸を開き、なぜだか笑い声を漏らしてしまった。
――こんなに物事の切り替えが早かったっけかな……?
昔の自分は、もう少しグダグダ悩んでいたような気がする。少なくとも人を殺したのだから、もっと悩んでもいいはずだ。だというのに……
思いを振り切るために軽く頭を振り、いまだふらつく身体を気力で奮い立たせ、少女は闇を見据える。
――いまは命の恩人を助けるべき時だ。
そして、少女は夜が支配する外へと一歩足を踏み出した。
夜の闇の中でも支障なく行動できる、この身体に初めて感謝しながら。
のーぱんつのフラグを回収しようとしたらなんかひどいことになってしまった……どうしてこうなった……
しかし、初の魔法行使の戦闘シーン……みたいなものやったんですが……地味っすね。
次回はドゥガの立ち回りになるんですが、こっちも地味な魔法が炸裂しますぜ。
地味なのにどうやって炸裂するかは内緒です。
不発弾かもしれませんが。
*ご感想お待ちしてますー