追放令嬢は気づかない〜無口な最強影騎士が裏で故国を詰ませていることに〜
「……おい、ゴミめ。貴様との婚約を破棄する!」
王立学院の眩い大広間に、第一王子アディエルの甲高い声が響き渡った。
傍らには、悲劇のヒロイン気取りでアディエルの腕にしがみつく男爵令嬢ミーシャの姿がある。
「ミーシャのドレスを切り裂き、階段から突き落とそうとしたばかりか、毒まで盛ろうと企むとは……! 恐ろしい女め!」
私――公爵令嬢レーナ・フォン・アルヴァは、胸の前で優雅に手を重ね、深く溜息を呑み込んだ。
ドレス? 階段? 毒?
どれもこれも、まったく身に覚えがない濡れ衣だ。
弁明しようにもアディエルは聞く耳を持たず、そのまま「即刻の国外追放」という粗雑な宣告を受ける。
あまりにテンプレ通りの理不尽劇だった。
着の身着のまま国境の町へと追い出された私だったが、泣き寝入りするつもりは一切ない。
「よしっ、隣国で小さなお店でも開いて、たくましく生きていこう!」
幸い、隠し口座の準備はある。
問題は、隣国へ渡るために危険な「魔の森」を越えなければならないことだ。
冒険者ギルドの扉を叩き、受付嬢に「一番安くて腕の立つ護衛」を依頼した。
現れたのが、彼だった。
全身に黒い衣服を纏い、背に長剣を差した男。
宵闇を思わせる黒髪に、妖しく光る琥珀色の瞳。
混血の魔族――「影騎士」のルーク。
「……ルークだ」
低く重い声で呟く。
感情の起伏が全く見えない、冷徹そうな佇まいだ。
「レーナです。森を抜けるまでの護衛、よろしくお願いしますね」
「……承知した。任せろ」
そっけない返事。
けれど、私はまだ知らなかったのだ。
ルークが「過保護」の概念を根底から覆すような、恐ろしい男だということを。
旅に出て初日。
野宿を覚悟していた私を待っていたのは、信じがたい光景だった。
「……ルーク? この天幕とふかふかのベッドは、一体……?」
「……問題ない。備品だ」
どこからどう見ても、王侯貴族が使う最高級の寝具。
ルークは無表情のまま、影の中からベッドを丸ごと引っ張り出していた。
さらに夕食。
野草のスープで済ませようと思っていた私の前に出されたのは、湯気を立てる極上の肉料理だった。
一口食べると、肉汁が口いっぱいに広がり、頬が落ちそうになる。
「……おいしい! 何の肉ですか?」
「……ただの肉だ。(※伝説のSランク魔獣『グラットンベア』の希少部位)」
翌日、森の奥で凶暴な魔物の群れに遭遇した時も凄まじかった。
「きゃっ」と声を上げるより早く、ルークが私の前に立ち塞がる。
剣を閃かせたと思った瞬間――
パラパラ……。
綺麗に風に舞う「灰」しか残っていなかった。
「え……魔物は……?」
「……風が強かっただけだ」
いや、いくらなんでも無理があるでしょう。
しかしルークはどこまでもクールに、私の身体を軽々と抱え上げ、歩き出すのだった。
一方その頃。
私を追い出した王国では、天変地異のような大混乱が巻き起こっていた。
「バ、バカな……! なぜ我が国の財政が破綻している!?
ミーシャの悪事が暴露されて、民が暴動を起こしているだと……!?」
狼狽する第一王子アディエル。
実は、レーナが夜すやすやと眠っている間に、ルークは自らの「影分身」を王国へ飛ばしていたのだ。
(……我が主を陥れた愚か者どもめ。生かしておく価値もないが、即死させるのは生ぬるい。
社会的に、存在ごと磨り潰す)
ルークは裏社会の頂点に君臨する「支配者」でもあった。
王国の全不正を告発し、ミーシャの自作自演や嫌がらせの証拠を暴露し、経済のラインを裏から遮断して、王子と男爵令嬢を完璧に詰ませていた。
やがて王国からレーナ宛てに「どうか戻ってきてくれ!」という、血を吐くような救済の書状が届く。
だが、ルークはそれをレーナの目触れぬよう、無表情のまま黒い炎で燃やし去った。
「……雑音だな」
「――ルーク、ここまで送ってくれて本当にありがとう!」
無事に隣国の街へ到着し、安全な拠点を確保した私は、笑顔でルークに金貨の袋を差し出した。
これでルークとの契約は終了だ。
少し寂しいけれど、素晴らしい護衛さんだった。
「お別れね。お世話になりました」
私が背を向けようとした――その時。
ガシッ、と強く腕を掴まれた。
「……え?」
振り向くと、これまで一度も感情を見せなかったルークが、眉を痛切にひそめ、必死な眼差しで私を見つめていた。
「……どこへ行く」
「えっ、どこへって……私、お店を開くから……」
「……嫌だ」
「は、はい!?」
あの無口な影騎士が、子供のように駄目を口にした。
「……俺の生涯の主は、あなただけだ。金などいらない。俺を……捨てないでくれ」
「す、捨てるだなんて! 契約が切れたから……」
「……あなたの邪魔をする者は……国ごと潰した。
追っ手も、愚かな元婚約者も、もう二度とあなたに触れられない。
……だから、ずっと俺の側にいてほしい」
サラッと恐ろしい告白が混ざっていた気がする。
国ごと潰した? 追っ手? まさか……。
「……駄目、か?」
琥珀色の瞳を潤ませ、縋るように私を見つめるルーク。
普段の無敵な強さと、自分だけに向けられる尋常ではない執着と甘い熱量。
あまりのギャップに、心臓が跳ね上がった。
「……もう。最初から最後まで、過保護すぎるよ」
私は困ったように笑い、ルークの大きくて温かい手をギュッと握り返した。
「お店の手伝い、忙しくなりますからね。
……ずっと側にいて手伝ってくれますか、ルーク?」
ルークの瞳が歓喜に揺れた。
「……ああ。命に代えても」
無口な最強護衛の、決して解けない過保護な愛に包まれながら――本当の幸せな人生が始まるのだった。
ご覧いただきありがとうございました!
無口な最強護衛が、裏で完璧すぎる手回しと過保護を発揮する短編でした。
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