第1話 あの、手をつなぎませんか?(恥ずかしがりながら)
ラグナロク。
あの、手をつなぎませんか?(恥ずかしがりながら)
王宮。待ち合わせの部屋。運命の女神の待っているところ。
「犯人を探しているんです」
「犯人?」
「はい。犯人です。私は『名探偵』ですから」
黄昏の自信満々の言葉を聞いて、ぼくはおかしくなってにっこりと笑った。
「犯人って、誰が犯人なの? 『まだなんの事件も起こっていない』のに?」
「いいえ。事件はもう起こっていますよ。大事件が起こっています。だから犯人もいます」
「大事件? 大事件が起こっているって、どんなすごい事件が起こっているの?」
ぼくは笑いながら黄昏を見る。
黄昏は白色のふわふわとした長い三つ編みのツインテールの髪をさわりながらぼくを見ている。
「それは『世界が終わってしまった』、という大事件です」
ぼくはその言葉を聞いて変な顔をした。
黄昏はいつものように余裕のある(名探偵らしい)顔で笑っている。
「世界が終わってしまった? 世界は終わっていないよ。ここにちゃんとある。だからぼくと君はこうして会話をしているじゃないか。世界の中でね」
「たしかにここには世界があります。でもこの世界は本当に私たちがよく知っているあの世界でしょうか? 世界はいつのまにかに終わってしまっていて、『別の偽物の世界』に、いつのまにかに私たちは迷い込んでしまっているのではないでしょうか?」
黄昏は鼻を指で触りながら、ぼくたちが向かい合って座っていた、背もたれのある立派な椅子から立ち上がって、ゆっくりと部屋の中を歩きながらそう言った。(難しいことを話しているときにこうして歩き出すことは黄昏の癖だった)
時間は夕方の時間で、二人だけの部屋の中には大きな窓から夕焼けの眩しい黄金色の光が差し込んでいて、世界のすべてを美しい色で染めている。ぼくも黄昏も美しい黄金色の中にいた。
「いつのまにかに世界が終わってしまったという大事件が起きていて、そしてどこかに世界を終わらせてしまった犯人がいるってことなの?」
「はい。そうです」
黄昏はぼくを見て(生徒の答えがあっていたときの先生みたいな顔で)にっこりと笑った。
ぼくは黄昏に気が付かれないように気をつけながら、体の後ろで片手を動かして、武器を手に取ろうとした。でも、机の引き出しの中に隠していたはずの武器は何故か、いつのまにかそこからなくなっていた。
「武器ならありませんよ。危ないので隠させてもらいました」
黄昏はちょうどぼくが隠していた武器の大きさと同じくらいの長さを指と指で空中で測るようにしながら言った。
ぼくはじっと黄昏の大きな丸い瞳の中を覗き込むようにして黄昏を見た。(とても美しい瞳だった。嘘をつくことができなくなる魔法がその大きな瞳の中には宿っているみたいに思えた)
「ねえ。君は誰が犯人だと思っているの?」
「それは今、ここでこうしてあなたの前で私がお話をしていることでわかると思います」
「それは間違っているよ。君はとても頭がいいけど、勘違いをしている。『世界は終わっていないよ』。世界は一つだけ。別の偽物の世界なんてない。ここに世界があるのなら、世界は終わってなんかいない」
少しだけ、二人は見つめ合ったままで沈黙する。
「もしそうだとしたら、それはとても幸運なことです。私は私の間違いを認めます。だって『事件はまだ本当に起こっていない』ってことになるんですからね。それはとても素敵なことです。でも、もしそうだとしても世界を終わらせようとしている人はいます。たとえば私たちがこの部屋の中でさようならをして、私が部屋を出ていったあとに……、とかです。まだ世界を終わらせていないだけで、終わらせようとしている人がいる。私はもし、もう世界が終わってしまっているのだとしたら、その犯人を捕まえたい。そして、もしまだ世界が終わっていないのなら、その人をとめたいんです」
「どうしてそんなことをしようと思うの? 誰に頼まれたわけでもないのに」
ぼくの胸は高鳴っている。体も少し震えていたと思う。
「それはもちろん、私が名探偵だからですよ。事件があるのなら解決したくなるんです。『誰も犠牲にならないうちに』」
そう言って、黄昏はにっこりと(まるで生まれたときからすべてを知っている救世主のような)人の悪を知らない素直な子供みたいな顔で笑った。




