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1-6 華のあるもの


 (ナターシャ様、どんな方なのかしら……)




 ダイニングホールに入ると、オスカーもナターシャも来ていなかったが、招かれた貴族たちや給仕係で賑わっていた。



 そこへナターシャが現れた。

 年はオスカーより少し上だろうか。赤茶色の髪に豊満な肉体。金銀の刺繍とスワロフスキーが贅沢にあしらわれたシルクのドレスに、大きなダイを、耳、首、指に付けている。

 



(ゴージャスな方……)


 侍女のソフィが言っていた意味が、少しわかった気がした。

 ざっくり開いた胸元など、一歩違えれば娼婦のようだが、ナターシャの生来生まれ持った美貌のおかげなのか、絶妙なバランスの上に成り立っていた。



 リリアナはお辞儀をする。


「ナターシャ様、お目にかかれて光栄に存じます。リリアナ・ラ・ヴェルデと申します」



「ナターシャ・デュオ・アシュレインです」



 ナターシャはお辞儀で応ずると、身体を起こしてじろじろとリリアナを見た。 

 そしてリリアナの胸元に一瞬だけ視線を落としてから、にこやかに言った。


「陛下は……華のあるものをお好みですわ。王妃様は、少し慎ましやかですのね」


 リリアナはぐっと喉を鳴らした。

 細身の身体は、ナターシャと比べてしまうと、バストの辺りなど少々寂しかった。 



(このように牽制されるということは、ナターシャ様は私が気に入らないの?)



 ナターシャは、冷酷な王と呼ばれるオスカーを愛しているのだろうか。それとも、権力に預かるために、第一夫人という地位を揺るがしたくないだけなのか。



 リリアナは挑発にはならないことにして、テーブルに向かった。



 ディナーでは長テーブルの中央にオスカーが座り、リリアナはその右隣。リリアナのちょうど向かいにナターシャが腰を下ろした。



 この国ではディナーも静かだ。音楽はもちろんない。

 オスカーが姿を見せてから、貴族たちは口数も少なくなった、

 かちゃかちゃという食器の配膳の音だけが聞こえる。



 ナターシャは挑発的な笑みを浮かべ、肉体美を盛んに周りの貴族やオスカーにアピールしている。


 オスカーは興味がないようで、目もくれないでいた。


 リリアナも気にせず、自分のペースで食事を楽しむことにした。心の中で少し考えた。


(相手のペースに乗らず、できるだけ堂々と――これが一番)



 ナターシャは鹿肉に赤ワインのソースがかかった料理を見ると、真っ赤な唇を艶めかしく開いた。


「陛下は昔から、この香辛料がお好きで。……あら、今もでしたかしら……? 」



「あぁ」

 短い返事に、ナターシャはふふっと嬉しそうにリリアナを見る。

 親密さを見せつけたいようだが、特に気にならなかった。



(どうせ王は私に興味などないんだから。

それよりナターシャ様は、物怖じせずオスカー様に話しかけるのね……)



 オスカーが本当に女性をモノ扱いすると言うなら、ナターシャのようにぐいぐい話しかけるのは恐れ多いものではないだろうか。



「鹿肉はどうだ? カンタレアではあまり食さないと聞いたが」


 不意にオスカーが話を振ってきた。


「あぁ……いえ、美味しいです。クセがなくて……」


「そうか。向こうではどんなものを食べるんだ?」


(もしかして、気にしてくださっている?)


「羊肉が多かったかもしれません」



 リリアナは微笑を崩さず、果実酒に口をつける。

次の瞬間、ナターシャが声を潜めて言い放った。


「王妃様は、お身体は大丈夫ですの? 初夜に引き続いてパレードなんて……」



 リリアナは危うく口に含んだ果実酒を吹き出しそうだった。

 ほかの者もいるというのに、初夜の話とは……何を言い出すのだろうか。

 周りの貴族たちも素知らぬ顔をしているが、ナイフとフォークが止まり、耳を立てているのがよくわかる。


 答えずにいると、ナターシャはくすっと笑った。



「女性は繊細ですもの。“(あと)”が残るほどの夜も、ございますでしょう?」


 ナターシャは、城で噂になっているという初夜の血痕のことを言っているのだろうか。

 何か言わなければと思うのだが、リリアナは返しが思いつかなかった。

 顔が熱いのは果実酒のせいだけとは言えない。



 赤ワインを飲んでいたオスカーが、ゆっくりグラスを置いた。たしなめるようにナターシャを一瞥する。


「不快だな」


 それだけで場は凍りつく。

 ナターシャは、わざとらしく喉を詰まらせた。


「わたくし、女同士ですから心配で……。差し出がましいことを申してしまっていたら、ごめんなさい……」


 リリアナは返事ができなかった。心配ではなく、王妃をこの場で辱めるための言葉なのは分かっていたからだ。


(この手の話題は苦手だわ……)


 果実種を飲み干すと、助け舟を出してくれたオスカーに、心の中で感謝した。


 オスカーが別のものと話をしているとき、青年貴族がリリアナに声をかけてきた。


「王妃様、少し飲みすぎましたか? お顔が赤いですよ」


 その言葉に、リリアナは初めて自分の身体の変化を意識する。頭の奥がふわりと軽く、思考に薄い靄がかかったようだった。


「いえ、大丈夫です」


 そう答える声は、普段よりわずかに柔らかい。

 白い肌は鎖骨のあたりまでうっすらと上気し、長いまつ毛に縁取られた瞳はほんのり潤んでいる。周囲の視線を無意識に引き寄せていることに、リリアナは気づいていなかった。


 青年貴族は息を飲み、恐れ多いこととわかりながら、思わずリリアナの手を――


 その瞬間、オスカーがガタンっと椅子から立ち上がる。

 彼の目は、リリアナの手に触れようとした貴族を射殺さんばかりだった。



「行くぞ」


 まだディナー中だというのに、オスカーはリリアナの手を取りホールを出た。



 リリアナは足元がよろめき、そのまま抱きかかえられるようにして寝室に連れられた。

 柔らかなベッドの感触が背中に伝わる。

 オスカーが覆いかぶさるようにし、リリアナの身はさらに深くベッドに沈んだ。


「飲み過ぎだ」


 咎める声が耳元でする。

 低く落ちる声には、怒りだけではない感情が見え隠れする。


「……俺がいなかったらどうするつもりだったんだ」


 リリアナは今彼が何をしているのかがわからず、ふわふわした感覚の中にいた。


「ごめん、なさ……い……」


 上手く口が回らず、吐息混じりの声で謝ると、オスカーが離れた感覚がした。



 そのままリリアナは眠りに誘われる。



 ◇


 半分寝ているような状態の中、男性の低い声が聞こえてきた――

 囁くような繊細なメロディーは甘く切ない。リリアナはこのまま溶けてしまいたくなった。


 

(この声――)



「へい、か……?」



 ゆっくり目を開けると、彼はベッドに腰掛け、顔だけリリアナに向けていた。

 ぼんやりと時計をみると、夜0時を回っている。眠気は一気に飛んだ。

 ベッドから、かばっと身体を起こす。



「すみません、まさかディナーが終わってからずっと……?」


 小首をかしげるリリアナを見て、オスカーはぐっと手を握ると、視線を外す。


「……少しは自覚してくれ」


「え……?」


「なんでもない」


 オスカーは、2時間以上もこうしていてくれたのだろうか。



「あの、歌って……いらっしゃいました?」


「……歌はお前のほうが得意だろう」


 そう言うと、オスカーはリリアナの隣に寝転んだ。片腕で目を覆い、静かに息を吐くその姿は、何かに耐えているように見える。

 今夜、彼はここで休むのだろうか。


 心の準備が何もできていないリリアナは、毛布を握りしめて所在なげにしていた。

 オスカーが言う。



「俺は眠る。お前に触れるつもりはない」


「はい……」


 何もしないと宣言され、リリアナは自分の胸元に目をおとした。


(私が、ナターシャ様のように魅力的だったら違ったのかしら……)


 考えても仕方ない。

 リリアナはめいいっぱい距離を取り、オスカーの視線を避けるように、ベッドの端に身体を丸めた。



 静かすぎて、少しでも動けば衣擦れの音が気になる。リリアナは眠気が覚めてしまった。

 

 ぼんやりしていると、先ほどオスカーが歌っていた曲が耳に響いている。

 自分が歌っているのだと気づいて、リリアナはきゅっと唇を閉じた。


(知らない曲を聞くと、すぐに歌いたくなってしまう……悪い癖だわ)



 背中からオスカーの声が聞こえた。



「続きを歌ってくれ」


 思わぬリクエストに、リリアナは驚く。

 嬉しかった。ここに来て歌を求められたのは初めてのことだ。


 ゆっくりと続きを歌い出す。


 夜は、リリアナの歌に抱かれるようにゆっくり更けていった――






――――――――――――

あとがき


次回は、第一夫人ナターシャにお茶会へ招かれます。

穏やかなお茶会になるのか――それとも。どうぞお楽しみに。

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