1-4 ざくろの赤と薄ら紅
朝日の眩しさに、リリアナは目を開けた。いつの間にか机に突っ伏して、寝てしまったようだ。
部屋にはオスカーの姿はない。
静かに暖炉の火が燃えている。
燃料を足していないというのに、赤々と燃えているのはオスカーの魔力の力なのだろうか。
机から起き上がった拍子に、肩から何かが落ちた。毛布だった。
意外だが、オスカーがかけてくれたようだ。
「意外、でもないのかしら……」
ベッドに押し倒されはしたが、無理強いはされなかった。もしかしたら彼は……
「どうかしているわ……」
首を振った。本当に優しい人は、そもそも女性を押し倒さない。
「さて……」
リリアナは立ち上がり、きちんと畳まれたオスカーのガウンを手に取ると、グシャグシャに丸めて、毛布とともにベッドへ放り投げる。
そして、バスケットに入ったベリーやザクロなどの赤い果物を手に取ると、果汁をベッドのシーツに垂らした。
「血にしては少し薄いかしら……。仕方ないわね」
仕上げに、自分のナイトドレスの胸元を緩め、美しいブロンドに、逆毛を立てるようにブラシを入れた。
コンコン――
ちょうどノックの音がした。
扉を開く。
「おはよう」
「おはようございます。王妃様」
ソフィと共に部屋に入ったメイドたちは、リリアナとベッドを見て、ひそひそと声を交わしている。
「まさか、あの陛下が……?」
「今までどなたも相手にされなかったのに」
リリアナの目論見通り、彼女たちは"正しく"勘違いしてくれたようだ。
(オスカー様を、下世話な噂話で煩わせてはならない)
初夜に通いがないことを笑われるのはどちらでも良かったが、王には他にやるべきことが沢山ある。
体裁のためと言った、オスカーの思いにも沿っているだろう。
ソフィは張り切っていた。
「王妃様、本日は成婚パレードでございます。とびきりお美しくさせてください」
そう言い、数名の侍女に召し替えられる。
結婚式でも着たウェディングドレスは、リリアナの絹糸のようなブロンドとよく合った。その髪は柔らかくアップにまとめる。
ソフィは、仕上げにルビーの石が入ったティアラを乗せた。
「まあぁ……なんて……」
息を飲むソフィに、リリアナはほほ笑んだ。
「ふふっ……大げさよソフィ。でも、ありがとう」
「大げさなんてことありませんわ。これは、オスカー様が夢中になるのも頷けますわ」
少し胸が痛んだ。
本当は彼に愛されてなどいないし、抱かれてもいない。
ごまかすように結婚指輪を弄んでいると、オスカーが姿を見せた。
リリアナを見ると、一瞬オスカーは動きを止め、すぐに視線を外す。
「随分と支度に時間がかかるんだな」
侍女達が怯えたように頭を下げる。皆震えていた。
リリアナは、侍女達の前にすっと歩み出た。
「わたくしの髪が思ったようにならなくて、やり直してもらいましたの。お待たせして申し訳ございません」
はっきり言うつもりが、少し声が小さくなってしまった。
彼の淡い灰色の瞳がじろりとこちらを向く。それだけで緊張が走った。
「ふん……まぁ良いんじゃないか」
そう言うと、オスカーはさっさと出て行った。
慌てて後を追う。
ずんずん大股で歩く彼に、重いドレスで追いつくのは至難の業だ。
裾をつまみ、小さな歩幅で駆け寄ると、オスカーは足を止めた。
そしてリリアナが追いついたのを確認し、また足を進める。
決して後ろを振り返らないが、足音で距離を察知しているようだ。
(もしかして、私を待ってくださっているの?それなら初めからゆっくり歩いてくだされば……)
オスカーは何度かそれを繰り返すと、急に歩くスピードが遅くなった。
おかげでやっと肩を並べ、ふっと隣を見上げると、低い声が落ちてきた。
「今朝は一体何をした。"今度こそ初夜の痕跡がある"と噂が回っているぞ」
リリアナは知らなかったが、オスカーは今までも、妃たちが宮廷入りした際には形だけ部屋を訪れてはいた。
しかし噂好きのメイド達の目はごまかせず、男色だ、子をなす気がないだのと好き放題言われていた。
リリアナは目を伏せた。
「あの……少し寝室を、その……逆に整えただけです」
オスカーはただでさえ不機嫌そうな顔に眉を寄せた。
"ドレスの胸元を緩めて、破瓜の血を偽装した"と、はっきり言わないと駄目だろうか。
リリアナは顔を真っ赤にした。
「あの……これ以上は……ごめんなさい……」
彼女のローズベージュの瞳は、羞恥から潤みを帯びていた。それを見ると、オスカーは解放するように顔を背けた。
「よくやった。というべきなのか?」
なんとも返事ができなかった。
そして、自分がこの手の話題に弱いことを悟った。
(もう少しうまくごまかせるようにならないと駄目ね……)
黙って歩くうちに馬車に着いた。




