4-7 ――D.C. al Fine――
和平が結ばれてから、エルジオには穏やかな日々が戻っていた。
今日は王と王妃の結婚一周年を祝おうと、広場には民衆が詰めかけていた。
広場の噴水前で女たちは賑やかに話し込む。
「あたしゃお二人のお姿を見るのが楽しみで眠れなかったよ」
「あぁ、王妃様が来てからエルジオの暮らし向きはどんどん良くなる。悪い大臣らが一掃されて、税金も軽くなったよ」
その横で、男たちも新聞片手に輪を作っていた。
「聞いたか? 王妃様の外交が、また他国のニュースになってたぜ。これで株価も上がるってもんだよ」
「新しい貿易先も決まって、港に船が乗り入れてたぜ……おっと」
きゃーっという子供の弾む声に話題はさらわれ、あたたかな陽気が広場を包む。
国王たちの到着を知らせる高らかなファンファーレが鳴った。
みんな顔を見合わせる。
「今の音……なに?」
今までエルジオでこんな音が響くことはなかった。
――今日はただの記念日ではないのだろうか。
オスカーとリリアナが壇上に姿を見せても広場は時が止まったようだった。
これだけたくさんの人がいるのに怖いくらいの静けさの中、噴水の水がきらめきながら落ち、さわやかな水音だけが聞こえている。
オスカーは緊張している民衆を見回し、ゆっくり口を開いた。
「私は、エルジオの国民を欺いていた」
オスカーは一度目を閉じた。
冷たい指が触れる。
――大丈夫
そういうリリアナの目にも不安がにじんでいた。
辛い目に遭いながらもこの国に嫁いできてくれた孤独な王妃。
傷つけてもなお自分を信じてくれる愛しい存在。
彼女を守らなくてはいけないという想いが胸に灯り、オスカーはリリアナの手を握った。
「歌姫の力を恐れ、国民から音を奪いつづけた――」
――隠された歴史の一部始終を聞いた国民たちはざわめいた。
自分たちが信じてきた、音楽は悪だという常識。それは、選ばされた偽ものだった。
浅はかな自分たちに対する失意に堕ちた後、民の心に広がったのは、行き場のない感情。
一人ひとりの小さな声が重なり合い、国の象徴である王と王妃の足元を揺るがして行く。
リリアナは半歩前に出ると、民衆を鎮めるようにお辞儀をした。
潮が引くように人々は口を閉じ、リリアナに視線を向ける。
――聞き入れてもらえるだろうか
だけど礼を尽くさなくてはならない。王妃として。王の隣に立つものとして。
「全てを許して欲しいとは言いません……
ただ、エルジオ国名の由来はElysiumと、Gioです」
知らない事実に民衆たちは疑念の目を深めた。この隣国からきた王妃は、自分たちを丸め込もうとしているのではないか――
それを肌で感じ取りながらも、リリアナに出来ることに代わりはない。
「音楽の楽園に住む皆さんに、
一度でいい……どうか音楽を楽しんでいただきたいのです」
リリアナの真っ直ぐな目。
王妃の言葉は純粋な願いなのではないかと、国民の心がわずかに動き出す。
オスカーは隣で深々と頭を下げた。
「私からもお願いしたい」
その姿は広場にいるものに衝撃を与えた。
「国王陛下があそこまでするなんて……」
「俺たちを騙したのは昔の王なんだよな?」
「オスカー様は……」
言いかけて、民たちは生まれ育ったエルジオに思いを馳せた。
小さいながらに豊かな国。
魔力を使い、民に尽くしてきたのは誰だったか。リタ国に攻め入られた時に、犠牲を最小限に抑える決断はどこでされたのか。
彼が本来どんな王であったかを皆が思い出し、空気がかわりかけた。
その時、一人の男性が拳を突き上げた。
「過ちは変えられない。だけど、今この時からは違う……」
バー『月の裏庭』のマスターだった。
「音楽を取り戻そう!」
彼に賛同するものがひとり、恐る恐る拳を上げた。それを見た民衆たちは、次々に自身の正義に従った。
壇上からはたくさんの拳が揺れ、さざ波のように見える。
リリアナは指で目頭を押さた。そうしていないと、想いがこぼれだしそうだった。
ふっと大きな手がリリアナの頭を撫で、
「やり直しをさせてくれ」
オスカーの声に顔を上げる。
何の、と言う前に、オスカーは王妃の両手をとった。
「私はリリアナ・ラ・ヴェルデを妻として――」
リリアナは息を止めた。
――彼が言おうとしている言葉は
「生涯愛し抜くことを ここに誓う」
迷いなく宣言した後、オスカーは困ったようにリリアナを見た。
「泣かせるつもりではなかったんだがな……」
分かっていたはずだった。彼が自分を愛してくれていることは。
それなのに、あらためて言葉として受け取ると、リリアナは抑えられない感情が胸にこみ上げた。
音も祝福もない凍えるような結婚式。
誰にも愛されないと氷った心が、今最後の熱でとけてゆく。
リリアナはただただ頷き、流れる雫を手のひらでおおった。
その手はオスカーに絡め取られ、代わりに彼の唇が涙を止めた。
広場から歓声が上がる。ユリウスの合図で、オーケストラの音が弾けた。
それは、エルジオにふさわしい、陽気で、幸せな未来を約束するような力強い曲だった。
初めて聞くはずの曲。なのに、皆肩を組み共に歌った。
ユリウスの指揮棒も軽やかに踊る。
リリアナはオスカーの胸に飛び込んだ。
愛しいスチールグレーの瞳がこちらを見つめている。
やわらかな声で愛を謳い、そしてそれを唇が包む。
生命あるかぎり紡いでいくのだと。
旋律はいつまでも、どこまでも響いていった。
――D.C. al Fine――
――あとがき――
雪城 冴です❀
ここまでお付き合いくださった皆様ありがとうございます。
|D.C. al Fineはピアノの指示で
「曲の最初に戻って、Fineと書かれたところまで演奏しなさい」
という意味です。
これを締めにしたのは、オスカーとリリアナの物語が、最初からやり直しになるということではなく……
ピアノもですが、戻って演奏したとしても一度目と同じ演奏にはならないのです。
人間が奏でる以上、鍵盤を押す指や息づかいで曲の表情は変わっていきます。
なのでこの二人も、初めて出会ったときの「誓いの言葉」という原点に戻りつつ、今ここから新しい音を紡いでいってほしいな。
という意味を込めました☺
前作もそうですが、「完」「終」「Fin」など刻む瞬間は感無量です。
【他作品のご紹介】
✔「あさぎに揺れて―幕末男子の愛が重すぎます」
歴史知識は不要の、歴史ロマンスものです。
✔「翡翠の歌姫は後宮で声を隠す―特殊な目を持つ歌姫ですが、2人の皇子が追ってきます」
完結済みです‼️ アルファポリスキャラ文芸大賞で奨励賞いただきました。
中華後宮ファンタジーです!
よろしければ★評価を入れていただけたら嬉しいです!
最後に、改めましてここまでお読みくださってありがとうございました。
雪城 冴




