1-2どこへ堕ちる ※毎日21:10投稿予定
「大丈夫!?」
慌てて階段を駆け下りたリリアナを見た瞬間、メアリーは小さく息を呑み、怯えたように身を縮めた。
震える肩、潤んだ瞳。
その視線は、――はっきりと、リリアナを恐れていた。
「酷いわ、お姉様……ご自分にスキルがないからといって、私を階段から突き落とすなんて……」
周囲にどよめきが起き「まさか」「信じられないわ」と、断片的な声が、刃のようにリリアナへ突き刺さる。
「そんな、私は何も……」
説明しようとしたが、周りの白い目に阻まれ、掠れた声が途中で詰まってしまう。
父は泣いているメアリーを抱きしめ、大声でリリアナを罵倒した。
「自分が名無しだからと言って……みっともないぞ!」
その時リリアナは、改めて思い知った。
(私の味方なんて、誰もいない――)
階段事件のあと、社交界は一変した。
リリアナには、もともと同盟貴族の嫡男との婚約が内々に決まっていた。
だが――
「妹を突き落とすような女と、結婚などお断りだ」
そう告げられ、婚約は白紙に戻された。
抗議の場すら与えられず、罪だけが一方的に押しつけられる。
後に耳にした噂では、
“スキルを持たぬ姉が、才能ある妹に嫉妬した”
そんな話が、もっともらしく広められていたという。
それは、婚約破棄と呼ぶにはあまりに一方的な断罪―一
父が家のために決めた婚約であり、顔すら知らない相手だった。
だが、名も、誇りも、未来も。
すべてを奪われた日だった。
◇
それから数年が経った。
その日メアリーは、有名な歌の先生からレッスンを受けていて、ホールにはピアノの音と、可愛らしい声が響いていた。
リリアナは、雑巾で大理石の床を拭きながら、それをぼんやり見ていた。
突然、父が険しい顔で部屋に入ってくる。
「メアリー……国王陛下から、隣国のオスカー王と婚約のお話があったんだ」
オスカー王――氷の王と呼ばれ、彼に嫁いだ女性は心を壊されたと噂される。
「そんな所にメアリーをやるなんてとんでもない」という継母の怒りに、父は淡々と答える。
「……エルジオは魔力で国を支えているからな。ヴェルデ家から花嫁を送り、国交を深める狙いがあるのだろう」
メアリーはスキルもあり、階段事件のせいで良くも悪くも有名だった。それ故今回、カンタレア国王からお呼びがかかったということらしい。
メアリーは涙をぽろぽろとこぼしながら、父に抱きつく。
「ひどいっ! 隣国のエルジオは所詮は小国。なにより音楽の後進国です!」
メアリーはそこまで言うと、何か思いついたように父の胸から顔を上げる。
そして、獲物を捕らえるような目でリリアナを見た。
嫌な予感に、リリアナの胸は早鐘を打つ。
「"ヴェルデ家から"というなら、お姉様で十分よ。価値がない者ほど、こんなときは役に立っていただかないと」
メアリーはこちらへ近づき、リリアナの耳元で囁いた。
「"次は"婚約破棄されないようお気をつけて。
お姉様は名無しの役立たず、オスカー様は魔力の国の王ですもの」
かわいらしい顔に、悪魔のような薄ら笑いを浮かべていた。
(これは、悪い夢?)
反論しようにも、心をずたずたに引き裂かれて言葉が出てこなかった。
だが、ここにいるよりマシかもしれない。そんな希望もわずかにあった。
こうしてリリアナは未来を捨て、魔力の国エルジオの王妃となった。
彼女の本当のスキルと、この国に隠された真実は、リリアナの歌によって暴かれることになる――




