表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/24

2-4 零れる滴は

 

 執務室で書類をめくっていたリリアナは、手をピタリと止める。

 ナターシャの叔父が申請してきた、貴族への贈り物の予算――



「先日も似たようなものがあった気がするけれど……会計係が通しているのだから、大丈夫なのかしら?」



 ――リリアナは何か引っかかる。

 ちりんちりん、とベルを鳴らして白ひげの会計係を呼び出す。



「王妃様、お呼びですか?」



「すみません、今までの予算一覧を見せていただけますか?」



 彼は白ひげを撫でながら、少し嫌な顔をした。――黙って承認しろということだろう。


 ずっしりと重い羊皮のファイルを受け取ると、会計係は去った。



 リリアナは一枚ずつめくる。


「やっぱり……」


 何度も同じ請求があった。王はこのことを知っているのだろうか。



 トントン――


 せっかちなノック――音だけで分かる。オスカーだ。

 

 彼は返事を待たずに入ってくると、ぱっと机の上に積まれた書類の山と、リリアナを見た。



「行くぞ」


「どちらへ――」



 オスカーは答えずにリリアナのマントを手に取る。城の外に行くということか。


 歩み寄ると、彼はリリアナをマントですっぽりと覆った。



(あたたかい……)


 オスカーの歩くスピードは、すっかりリリアナと合っていた。




「オスカー様、リリアナ様お待ちしていました」


 馬車の前にはユリウスがいて、リリアナが乗り込むのを補助しようと一歩前に出た。



「ありがとうございます」


 ユリウスの手を取りかけると、にゅっとオスカーの手が馬車から伸びた。

 それを見たユリウスは、手を後ろに引っ込め、ヒソヒソ声で言う。



「補助は、オスカー様がやりたいみたいですよ」



 オスカーは無表情だが、急かすように腕をもう一度ぐっと出した。リリアナはおずおずと捕まり、彼の真向かいに座る。



 狭い車内に2人きりでいると、息が詰まりそうだ。そこへユリウスが乗り込みオスカーの隣に座ったので、リリアナは思わずほぅっと息を漏らした。


 あからさまなリリアナの態度が、オスカーは気に触ったようで、眉をひそめる。

 変わらず車内の空気は重いが、ユリウスだけはにこにこしていて、そこだけ花が咲いたようだ。



 オスカーは頬杖をついて窓の外を眺めている。

 彼が陽の光に目を細めると、長いまつげが影を落とす。黒い服と黒いマントがよく映えて、そこだけ一枚の絵画のようだ。



(本当に、お人形みたい――)



「今日は、ドレスのアトリエへ行くんですよ」


 ユリウスの声に、はっとした。


「ドレス……?」



「はい、魔力で美しくしたシルクを使うので、エルジオのドレスは他国にも人気があるんです。

それを見たら、リリアナ様がお喜びになるんじゃないかって」


 エルジオが小国ながら他国と渡り合っているのは、魔力を使って経済を活性化させているおかげだった。




「おい、余計なことを……」

 オスカーの声を無視して、ユリウスは身を乗り出す。



「そう言えば聞きました? 結婚式で誓いの言葉を省略したのだって、急ぎの軍議があったからで……いたっ……痛いです!」


 ユリウスは脇腹をオスカーに小突かれ身をよじっている。



(急ぎの軍議が……じゃあ誓いの言葉を省いたのは、私を嫌いなわけでは……?)



 本当なのだろうか。リリアナは、窓の外を見たままのオスカーに問うた。


「どうして、そう言ってくださらなかったのですか?」


「誓いの言葉など無駄なだけだ」

     


 切り捨てるような声――

 彼の冷たいグレーの瞳には、リリアナのことなど一切映っていない。


 リリアナは涙を堪えて俯いた。


 少しずつではあるが、彼の優しさに触れ、距離が縮まってきたと思っていたのは自分だけだったのか。



(オスカー様にとったら、所詮、私は政略結婚の相手でしかないんだわ……)

 


 リリアナは、膝上でドレスを(しわ)になるほど握りしめていた。



「リリアナ様、違うんですよ!」


 ユリウスがなんとか場を取り繕うとしているが、それがかえってリリアナの心を惨めにさせる。



 セルジオでは、食べるものも礼儀作法も母国と違う。大好きな音楽もない。

 やることなすことすべて見張られているような緊張感の中で、何とかここまでやってきた。



 だけど――


(私はここでも……誰にも必要とされていないんだ)



「うっ……ううっ……」


 堪えきれず漏れた嗚咽(おえつ)に、オスカーはやっとリリアナを見た。


 だけどもう、リリアナには彼がどんな表情をしているか分からなかった。



 リリアナは泣いた。誰が見ていようが関係なかった。


 手で涙を覆い、ぶるぶると肩を震わせるその姿は、年相応の少女に戻っていた。 



 どれくらい泣いただろうか。

 不意に、誰かに背中を優しくさすられた。


 リリアナは、泣きすぎて顔を上げられなかった。大きな手は、変わらず背にぬくもりを与えてくれている。



「リリアナ……」

 意外な人物に名前を呼ばれて、思わず涙を止めた。

 てっきりユリウスかと思っていたら、隣にいたのは困った顔をしたオスカーだった。



「へ……いか……?」


「泣かないでくれ……そんなつもりでは……」



「だからちゃんと伝えた方が、って言ったじゃないですか」

 ユリウスの声に外を見ると、馬車は既に止まっていた。


「誤解を解いてくださいよ。僕は先に行ってますからね」



 パタン――



 馬車の中に取り残された二人。オスカーは、手でリリアナの涙の跡を拭いた。


「悪かった。無駄と言うか……その、誓いの言葉は必要ないと思ったんだ」



 ロゼベージュの瞳には、止まっていたはずの涙がみるみる()まりだす。


「……うっ……同じっ……同じことです。私なんか、に言う……価値もないって……そういう、ことでしょう……?」



「なぜそうなるんだ」


 オスカーは困惑しているが、リリアナに取ったら、なぜもなにもなかった。

 


(だめ……困らせている……)

 リリアナはハンカチで(しずく)を拭き、なんとか涙を止めた。


「申し訳ございません。陛下。もう大丈夫です……参りましょう」



 立ち上がりかけたリリアナを阻むように、オスカーに腕を取られた。



 ぐっと引き寄せられ、気付けばリリアナは彼の胸のなかにいた。

 オスカーの心音が、大きな胸に預けた耳からどくんどくんと聞こえてくる。



 遅れて、低い声が耳から響く。


「愛情は、言葉より態度で示すべきだと……そういう意味で言っただけだ」



 その言葉でリリアナは力が抜けた。

 そっと顔を上げる。


 冷たいと思っていた彼の瞳が、今は柔らかな戸惑いの色に見える。



(どうして私は……オスカー様の気持ちを理解しようとしなかったのだろう……)



 思い返せば、彼なりに気にかけてくれていた。恋情ではないにしても、嫌われてはいないのかもしれない。


 そして、望まぬ結婚であることは、オスカーとて同じだ。そう思うと、リリアナは胸の奥がズキンと痛んだ。



「本当にもう……大丈夫です」


 微笑んでみせると、オスカーは子供にするように、リリアナの頭を優しく撫でた。



「なるべく……言葉にするようにする」


 リリアナは自分の身勝手さに辛くなり、首を振った。愛されたいと言うなら、自分から行動すべきだった。



(だけど……私は、オスカー様に愛されたいのかしら……

それとも、認められたいだけなの……?)



 答えが出なかった。恋や愛という感情を、つい理論で考えてしまう自分が嫌だった。



「ユリウスが待っていますね。参りましょう」


 二人は馬車を降りた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ