2-3 招かれざる客
リリアナはソファに寝転び唸っていた。
机の上には図書館から借りてきた本の山。
「何か怪しいのよね」
ナターシャが言っていた"王を惑わしたという歌姫"の話。国中に広まる位なら、神話や昔話として残っていても良さそうだがそんな記載はない。
そして、図書館の本棚の奥に忘れられたように置いてあった、ボロボロの古い本。
そこにはわずかに、音楽に関することが書いてある。
"海を渡ってきた人によってもたらされた音楽は、人々に癒しを与えた。
音楽の力は魔力の国の礎となるだろう"
「続きは……?」
その続きは、誰かに引きちぎられたようになっていた。
「やっぱり、過去何かがあってそれを隠しているんだわ。でも一体誰が――」
一瞬、リリアナの頭にオスカーの顔がよぎる。彼は王だ。この隠ぺいのことも何か知っているかも知れない。
だが、正面切って聞くわけにもいかない。
「どこに情報が隠されているかしら……」
その時、ノックの音がして侍女のソフィが「そろそろですよ」と入ってきた。
今日は、憂鬱なことが待っていた。
それは、ヴェルデ家の来訪。急だったため結婚式に参加できなかった彼等は、今日ここへ来ることになっていた。
◇
手持ちのドレスが少なく、公式行事用のきらびやかなドレスを身にまとったリリアナ。
オスカーとホールに向かう間に気分が悪くなってきた。
締め付けたコルセットのせいではないのは分かっていた。
「顔色が悪いな」
心配そうに顔をのぞき込まれ、リリアナはさっと笑顔を作ってみせた。
オスカーと腕を組み、扉を開ける。
中には、父と妹のメアリー、そして継母がいた。皆を見た瞬間、動機がして呼吸がしにくくなった。
(オスカー様?)
隣の彼は手を力強く握ってくれていた。
それに励まされ、足を踏み出す。
メアリーは、リリアナのきらびやかなドレスを見ると、一瞬嫉妬の目を向けたがすぐに可愛らしい笑顔に戻る。
一通りの挨拶を交わして席につくと、父がいつもの調子で話しだした。
「全く、外に出すのは恥ずかしい娘で王妃としての振る舞いなどとてもとても……」
身内下げと言うには度が過ぎたリリアナへの攻撃が延々と続く。
リリアナはなるべく自分の心を守ろうと、下を向いて必死に耐えていた。
少しは芽吹いてきた王妃としての自信も、長年虐げられてきた彼らを前にすると、まるで風前の灯だった。
オスカーはしばらく様子を見ていたが、一向にリリアナへの侮辱が止まないと分かると、赤ワインのグラスを傾けた。
「そうですか? 先日も王妃のおかげで外交が上手く行きましたし、帳簿のチェックなどの地味な執務もよくやってくれています」
リリアナは驚いた。
そんなところまで見てくれていると思わなかった。感激をぶち壊すようにメアリーが口を挟む。
「まぁ、お姉様でもお役に立てているのですね。――スキルなしですのに」
「スキル……人の特性に合わせて判定する例の?」
怪訝な顔のオスカーに、メアリーは頷く。
「カンタレアは音楽の国ですので、歌声が人の心や、草木の自然に与える影響を『スキル』として名付けるんですの。
例えば育みなら、歌で植物の成長を促します。
わたくしは癒しのスキルですので、歌声で人々の心を……」
オスカーは全く興味がなさそうに前菜を口に運んでいる。それが癪に障ったのか、メアリーは目を鋭くした。
「お姉様はこのスキルがないので名無しと――」
言いかけた言葉は、オスカーの有無を言わせぬ殺気の前に立ち消える。
「不愉快だ。"リリアナ"は私の妻だ。それを侮辱すると言うのは、エルジオの王を侮辱するに等しい」
「そんなつもりでは……」
弁解は聞かず、オスカーは荒々しく立ち上がり、リリアナの腕を取った。
「あなた方が、今までリリアナにどんな扱いをしてきたかよく分かった。金輪際会うことはない」
「陛下っ、お待ちください!」
メアリーが何か言っていたが、オスカーは混乱するリリアナを連れ、ホールを出た。
ものすごい勢いで歩く彼に、リリアナはやっとついていく。
「陛下、どちらへ……」
リリアナの言葉に、彼は自分を落ち着かせるように息を吐いた。
そもそも、妹がくると聞いていたのに、実際に嫁いできたのは姉のリリアナだった。
利発で向上心があるように見えるのに、時折彼女が見せる自信のなさを不思議に思っていたが――
「悪かったな、気づいてやれず」
「陛下に謝っていただくことではございません……」
「リリアナが望めば、彼等に制裁を与えるが」
(あれ、そういえばさっきも……)
「陛下が、名前で呼んでくださったのは今夜が初めてですね……」
オスカーは顔を背けた。
「別に……今はそんな話はしていない」
「……陛下が代わりに言いたいことを言ってくださったので。もう、これ以上の制裁は不要です……」
「そうか……」
そっけない声だったが、なぜか胸の奥がぽっと灯がついたようにあたたかかった。
辛い過去もオスカーに会うためだったのではないか。
そんなふうに思えた夜だった。




