1-1 ロゼベージュの瞳はヴェールに揺れて
ウエディングドレスは、妹のメアリーの方が似合ったと思う。
それでもリリアナは、王の隣に立たされている。
妹に嵌められた、望まぬ政略結婚。
——今日は祝福ではなく、処刑の日だった。
「リリアナ・ラ・ヴェルデ。あなたは、オスカー・フォン・アルベルトを夫とし、王妃として愛し寄り添い、支えることを誓いますか?」
リリアナの淡いブロンドの髪と、ロゼベージュの瞳が、花嫁のベールの奥で揺れた。
「はい」
聖歌もファンファーレもない、音のない国の結婚式――
リリアナを受け止めたものは感嘆と羨望――そして、花嫁に目もくれない生涯の伴侶。
オスカー・フォン・アルベルト王その人だった。
「では、オスカー・フォン・アルベルト。あなたは――」
神父の問いに、オスカーは凍りつくような声で言う。
「誓いの言葉は省略する」
(誓いの言葉がない?)
リリアナは言葉を失った。
愛されないことは分かっていたはずなのに、心が打ち砕かれた。
あざ笑う妹の声が、リリアナの胸によみがえった。
◇
カンタレア王国――音楽が豊かな国。
リリアナは、王家の血を引く "音楽の名門" ヴェルデ家に生まれた。
「"名無し"の出来損ない」
スキルなしを侮辱する"名無し"
それが、リリアナの家庭内での呼び名だった。
その日、ヴェルデ家のホールには気高い歌声が小さく響いていた。
声の主リリアナは、まるで使用人のように床を磨いていた。
色褪せたドレスはとても公爵家令嬢とは思えない。
ちょうど義妹のメアリーがやってきた。
「お姉様まだ終わっていないの?」
2つ下のメアリーは、艶のある黒髪に大きな青い瞳を持つ、絵本から抜け出したような少女だった。
笑えば花が咲いたように場が和む。
——守ってやりたくなる、と誰もが思う顔。
「もう済むわ」
毅然と言い返すと、メアリーはちっと舌を打つ。
リリアナを見下すその瞳の奥には、年相応とは思えない冷たい光がひそんでいる。
「急いでちょうだい。私のスキルある歌声で、皆さんを癒さなければならないのだから」
カンタレア王国では生まれた子に合った"スキル"を授けることになっている。
リリアナが黙っていると、メアリーは傍にあったバケツを思い切り蹴飛ばした。
ぱしゃっという水音がリリアナの服を濡らす。
それを聞きつけた継母が、不機嫌な顔を見せる。
「ちょっと、水浸しじゃない。名無しの上に、床拭きさえ満足にできないの?」
リリアナは判定不能だとスキルをもらえなかった。
「スキルなどなくても、リリアナは素晴らしい歌声をしている」そう庇ってくれた母も、病気で亡くなった。
さっと立ち上がりリリアナは言い返す。
「どうせこんな褪せたドレスでは行かれませんし、ちょうどいいので着替えてきます」
いつものことだ。いちいち傷ついていたらキリがない。
「ふん、可愛げのない。さっさとお行き!」
継母の怒声を交わしながら、リリアナは自室へ戻った。
自室と言っても、天井にクモの巣が張り巡らされたほこりっぽい屋根裏。
「ここで十分だ」そう言ったのはリリアナの実の父。
人間の価値をスキルでしか判断しない父は、リリアナを愛すことはなく、母亡きあとすぐに再婚したのだった。
「まぁ、実際……眠って歌うだけだもの。ここで十分だわ」
リリアナは溜息をつくと、メアリーのお下がりのドレスに袖を通した。
◇
支度を終え舞踏会に着くと、今日が社交界デビューのメアリーが自信満々に歌い出す。
花のように柔らかな歌声だったが、どこか意地の悪い響きが混じる。
貴婦人たちは顔を見合わせ、揺する扇の影でひそひそと声を交わしている。
「癒しの声と言っても……こんなものなのかしら?」
「スキルがなくても、リリアナ様の方がよほど良い声をしているわよね」
その声は誰にも届かなかったように思えたが、メアリーだけはわなわなと震えていた。
舞踏会を主催した夫人は、明るくメアリーとリリアナに声をかける。
「良かったらテラスをご覧になりません? 庭が一望出来て素敵ですのよ」
夫人に付いて階段を登っている時、リリアナの横にいたメアリーが、ふいに足を止めた。
「――お姉様」
甘えるように名を呼ばれ、リリアナが視線を向けると、メアリーの指先が袖を掴んだ気がした。
ほんの一瞬、視線が絡む。
伏せた睫毛の奥で、青い瞳が笑みを浮かべたように見えた。
次の瞬間、
「きゃあぁぁぁっ——」
耳をつんざく悲鳴とともに、メアリーの体が後ろへ傾く。ピンクのドレスが宙に舞い、階段を転げ落ちていった。




