第1章 守護者 第8話
「俺の意志ですか・・・」
「神が遣わしたと言われても、俺の意志はお構いなしと言うのが気に障りますが、今更どうにもなりません」
「有り体に言えば、俺は、この国に何の義務も負っていません」
「これまで、傭兵として色んな土地を転々としてきました。そろそろ自分の居場所を見つけたいと思っています。そのために旅をしていました。これからも続けたい」
「でも、旅には路銀が、居場所を手に入れるには資金が必要です」
「俺を雇ってくれませんか? 旅の護衛、いや、守護者として」
「神が遣わせし、雇われの守護者か」
ヘンダールは笑顔で言った。
「フレデリク、君の言う通りだ。我々は君に頭を下げてお願いするしかない。だが、その手もあった。後ほど契約書を取り交わそう」
「エゼン殿、それなりの支出を覚悟しておいてくれ」
「ヘンダール公、承知いたしました」
「報酬は、王女殿下が18歳になってからで構いません」
「フレデリク!」
曇っていたクレスティアの表情が喜びに変わった。
「フレデリクよ、どうかクレスティアを守り抜いて欲しい。そなたに神々の加護と祝福があらんことを」
レセド王が言った。
「これで、姫様を含めて四人」
「とても長い旅になるだろうが、急ぐ旅でもある。旅の仲間はこの四人で良いと思う」
ヘンダールが言った。
「私も異存ありませぬ」
フェナンが言った。
「クレスティア、どうかな?」
「私に異論はありません。とても心強いです」
レセド王が頷いた。
「これで、決めるべきことは決まった。皆は準備を急いで欲しい」
王は立ち上がって言った。
◇ ◇ ◇
翌朝、予定通り、上古人と王国の会合が開かれた。
「クレスティアは西の大地へ向かいます。これからも、どうかご助力を頂きたい」
「我らが闇の使徒を迎え撃つ。また、西の大賢者の居場所も調べ、追って伝えよう」
「これを使うと良い」
フィディスはクレスティアに銀色の腕輪を手渡した。
「これは?」
「そなたの助けになろう」
王女はその腕輪に宿る力をぼんやりと感じた。後でザルベレスに見てもらおう。
「ありがとうございます」
「クレスティアよ、そなたにルーヌンの加護が続くことを願っている」
二人のラヴェンは、馬よりも一回り大きい一角獣に乗り、城を後にした。
◇ ◇ ◇
クレスティアはグレイスを連れて、フレデリクの客室を訪れていた。
「西の大賢者に呪いを解いてもらえれば、目的は達成します。そのときに報酬を支払うこともできます。フレデリクは西の大地に戻りたいのではありませんか?」
「ないと言えば嘘になる。でも、これまで、落ち着きたい場所はなかった。俺の国も、育ての親と暮らした場所も、なくなってしまった」
「これから居場所を探すには、今度の旅はうってつけなんだ」
「私たちはあなたの力を借りたい。でも、あなた自身のために良い選択をして欲しい。どうか無理はしないで」
「大丈夫だ。気遣ってくれてありがとう」
「あなたは神聖王の血筋。王国の再建はできないのですか?」
「それはないな。王国は跡形もない。忠義ある上層部はほとんど殺されたと聞いている」
「それは、お気の毒です」
「あと、柄でもないが、18歳で亡くなる女の子を放っておけないよ」
◇ ◇ ◇
ヘンダールが自室でタイダルと話し合っていた。
「同時に影士の部隊を出したい。姫様一行と距離を取りながら、非常時に備えるためだ」
「事前に敵を見出し、防ぐことが主な役割ですね。緊急の連絡係としても使えます。精鋭5人の隊でいかがでしょう」
「また、東の大地に散っている影士たちに、王女殿下の守護を最優先とするよう命じます」
クレスファルス王国には、影士と呼ばれる集団があった。
その名の通り影のような存在で、アルゼア地方を中心に東の大地の重要な都市に少人数で配備され、各国の情勢を把握する役割を担っていた。
時には王国に害をなす者を秘かに排除し、陰から王国を守っていた。
世の様々な知識、戦闘術、生存術を習得した文武兼備の者が、国王自身から影士という称号を授かった。
王家では日なたの存在である騎士よりも重く置かれている。
◇ ◇ ◇
「ザルベレスさん、上古人から貰った腕輪を見てくれますか」
「私も気になっておりました。ふーむ」
「ちょっとお借りしても良いですか」
予見者は腕輪を嵌めると、その手で魔法をかけた。指先から炎が噴出した。
「おそらく魔法の発動を容易にするようです。魔力も増大するかも知れません。ご自身で試してみると宜しいかと。良いものを頂きましたね」
「ありがとう。旅に出る前に試してみるわ」
「殿下、ちょっとお待ちを」
「荷物になってしまいますが、この魔法書を旅のお供にしてください。これには、攻撃や防御と言った戦いに使える魔法が書かれています。旅の途中で習得なさると良いでしょう。どうかご無事にお戻りください」
「ザルベレスさん、流石ね。今、正に私に必要なものです。ありがとう」
同席していたグレイスは思った。
そうだ。私もフレデリク殿から技を習うことができる。ヘンダール公からも。
姫様をお守りすることが私の役目だが、研鑽の旅にもなりそうだ。
ほくそ笑んでいるグレイスは、王女が怪訝な面持ちで見ていることに、気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
フレデリクは、執事からザルベレスの居場所を聞くと、神殿で借りたままの長剣を携え、彼の仕事部屋を訪ねた。
「この剣は古森の神殿から拝借したものですが、ちょっと普通じゃないので、見てもらえませんか」
フレデリクは長剣を机の上に置いた。
「どれどれ。見た目はこれといって特徴のない剣ですが、鍔にルーヌンの紋章がありますね。柄の作りはしっかりしています」
「鞘から抜いても良いですか?」
「そこなんです。抜いてみてください」
ザルベレスはゆっくりと抜き放ち、剣身を眺めた。
「何か感じませんでしたか?」
「いえ。何かありましたか?」
「抜き身になった途端、軽くなるんです。長剣とは思えないほどに」
「フレデリクさん、これを神殿で借りたと言われましたが、神殿のどこにあったのですか?」
「祭壇の側に置いてありました」
「東の大地に、月の女神へ剣を捧げる風習はありません。また、ドゥルヴァリエ神殿には滅多に人が近寄りません」
ザルベレスは机の上に置いた抜き身の剣に掌をかざした。
「持ってみてください」
フレデリクは柄を握って剣を少し持ち上げた。
「ふむ。あなたが持つと強い魔力を感じます」
「おそらく、いや、間違いなく、この剣はあなたのものです」
「あなたと同じく、以前は別のどこかに置かれていたのでしょうね」
◇ ◇ ◇
王女一行が旅立つ朝、クレスファルスの空は青く澄み渡り、太陽神の祝福を受けていた。
居館の玄関前に四頭の馬と荷馬車が停まっており、それを取り囲むように多くの人で溢れ、建物のバルコニーにもひしめいていた。城に勤めるほぼ全員が見送りに集まっていた。
ヘンダールは先頭の馬に跨り、フレデリクとグレイスは荷馬車の御者台に乗り込んだ。
クレスティアは別れの挨拶が長引いている。侍女やメイドはもちろんのこと、執事の面々も涙する始末で、王女は貰い泣きしてしまった。
「クレスティア、必ず帰ってくるのだぞ」
「もちろんです。お父様。皆が力を貸してくれます。それに、私はこの旅で強くなる決意です。お父様もどうかご健勝で」
王と王女は別れの抱擁を交わした。
クレスティアは、ヘンダールの隣の馬に跨った。
二人は頷き合うと、ゆっくりと馬を進め、王女は笑顔で皆に手を振った。
後ろに続く荷馬車に座ったグレイスは、まっすぐ前を向いたまま、とても緊張した面持ちで馬を操っている。
フレデリクは周りを見渡しながら、この王家が持つ徳の高さに感心していた。
居館から城門へ向かう道の両脇には、正装した騎士団と近衛兵が整列しており、王女一行はその間を進んだが、とても不釣り合いだった。一行は服装も荷馬車も質素で、商家の旅人にしか見えなかったからだ。
次第に見送りの声が小さくなっていった。
四頭の馬と荷馬車は城門を抜け、街道へと進んで行く。
遥かなる旅の始まりだった。
( 第1章 終わり )




