第1章 守護者 第5話
クレスティアが三階の渡り廊下を歩いていた。
そのすぐ後ろに、彼女の従騎士グレイスが付き従っている。
グレイスは、西の大地から来たと言う剣士が気になって仕方がなかった。
彼は五人の闇の使徒を打ち倒したと言う。ヘンダール公が言うのだから間違いないだろう。
昨日、顔見せがあったが、彼の印象から傑出した力を持った人物には見えなかった。
ヴァルシフを倒した剣術とはどんなものなのか。
渡り廊下の途中、王女が足を止めて外を見下ろした。
そこは兵士の修練場で、フレデリクが一人で剣を振るっていた。
その様子をグレイスも観察した。
彼は傭兵をやっていたと聞いたが、長剣を振るう身体の動きは滑らかで、太刀筋は速くて鋭い。ただし、騎士団の大隊長には及ばないように見える。
「フレデリク、おはようございます。剣術の鍛錬ですか。お疲れ様」
王女が若者に声をかけた。
「ああ、殿下、おはようございます」
若者は動きを止めて、王女に応えた。
「今朝は朝食をご一緒できなかったけれど、昼食は是非ともご一緒しましょう」
「はい。分かりました」
「では、後ほど」
王女はフレデリクに微笑んだ後、再び歩き出した。
「姫様」
グレイスが後ろから声をかけ、駆け寄って王女の前に行くと頭を下げた。
「誠に恐縮ですが、今から一刻ほど暇をいただけないでしょうか」
「グレイス、どうしたの?」
クレスティアは首を傾げた。
◇ ◇ ◇
「フレデリク殿、修練中に失礼いたします」
グレイスは声をかけた。
「昨日、初めてお目にかかりましたが、あらためて挨拶を。私は王女殿下の従騎士グレイスと言う者です。闇の使徒から姫様をお救い下さり、心から感謝しております。ただ、本来は私の務めであるにもかかわらず、その場にいなかったことを恥じている次第です」
「・・・」
「突然ではありますが、今から、貴殿と手合わせをお願いしたい」
「?」
「あ、ほんの少しだけ、剣術の試合をできないだろうか?」
「分かりました。少しだけなら」
グレイスは修練場に置いてある木製の剣を二つ取ってくると、一つをフレデリクに渡した。
彼女は王女の従騎士を務めるだけの腕前を持っていた。女性としては大柄で、背丈はフレデリクとほぼ変わらない。
二人は向かい合い、剣を構えると、間合いを推し量った。
誘いをかけたが、フレデリクは打ち込んで来ない。
次に彼女は慎重に攻撃を仕掛けた。
彼は難なくかわした。
間を置かずに、彼女はいくつかの攻撃を加えた。
彼は守り勝ちだったが、時折、手堅い攻撃を仕掛けてきた。
二人の攻防で木剣どうしが当たる乾いた音が習練場に響いた。
私とほぼ互角のようだ。
グレイスは、これで終わりにしようと、彼女が持つ高度な技の一つで攻撃した。
彼は、かろうじて剣をさばくと、剣を脇に挟み込む形で彼女の懐に入った。
グレイスの首には彼の木剣が当てられていた。
見たことのない動作だった。
「私の負けです」
グレイスは驚いた顔のまま、彼に頭を下げた。
「手合わせいただき、感謝いたします」
フレデリクも頭を下げた。
「失礼ですが、貴方は実際の戦、殺し合いを経験したことは?」
「いえ、まだ、です」
「俺は剣術だけでなく、あらゆる方法で相手を殺す技を使います。それが貴方との違いかと。でも、人どうしの殺し合いなど、ない方がいいです」
「なるほど。その技で闇の使徒を・・・」
「フレデリク殿、よければ、その技をご教示いただけるとありがたい。あ、いや、また別の機会にでも」
「ええ。機会があれば」
◇ ◇ ◇
「王女殿下、レセド王がお呼びです。とても重要な来客とのことです。至急、迎賓の間へ」
王家付きの執事が迎えに来た。
「分かりました。すぐに参ります」
クレスティアは身なりを整えると、グレイスを伴って自室を出た。
迎賓の間が使われるのは久しぶりだ。
執事に導かれて、王女と従騎士は別館の一階にある格式高い広間に入った。
そこには、国王、宰相、守りの長、辺境伯、影士長とその副官、予見者がいた。
そして、その場を圧倒しているのは、光の魔力を全身から発し、人よりも一回り大きい身体を持った上古人、ラヴェンの二人だった。
二人はクレスティアを見た。
その金色の瞳に宿った魔力が、王女のすべてを探り始めた。
クレスティアは、その視線に捕らえられ、受けた魔力を防ぐことはできなかった。
なんて強い魔法。私の内を見通している。
これが上古人、光の種族なのね。
「我が娘、クレスティアです」
レセド王が上古人に紹介した。
「クレスティア、こちらはゼナル様、フィディス様だ」
「お初にお目にかかります。クレスティア・ラウ・エリデュアと申します」
王女は動揺しつつも、腰を折って深く頭を下げた。
上古人から視線を逸らすと、精神が少し落ち着いた。
おそらく魔力を弱めたのだろう。
「神聖王の末裔にして魔法使いであるクレスティアよ、そなたに会えて嬉しい」
上古人の一人、ゼナルという男が声をかけた。
もう一人の女は王女に微笑みながら頷いた。
二人の上古人が中央のソファに腰掛けると、その向かいに、王と王女も腰を下ろした。
他の者たちは立ったまま、王の背後に控えている。
「さて、我らがここに来た理由から話をしようと思うが、この場に居て欲しい者がもう一人いる。一昨日、この地に現れた者だ」
ゼナルはクレスティアを見ながら言った。
「フレデリク」
王女が呟くと、上古人は頷いた。
「グレイス、フレデリクを呼んでくれ」
王が言った。
「私が連れて参ります」
予見者ザルベレスが言い、すぐに広間を出た。
「少しお待ちを」
王が言った。
「彼は西の大地にいたと言うが、この地にどうやって来たのか、何者なのか、我々の理解が及ばないのです」
「西の大地・・・」
ゼナルは少し考えているようだった。
間もなく、怪訝な顔をした若者が広間に入って来た。
今は薄汚れた旅人ではなく、上質な衣服で整えられたせいか、品位ある人物に見えた。
王と王女はソファから立ち上がった。
二人の上古人も立ち上がり、金色の瞳が若者の姿を捕らえた。
クレスティアは、上古人の魔力がフレデリクに向けられるのを感じ取った。
王は若者に近くに来るよう促した。
フレデリクは広間の中央に進み、王女の近くで立ち止った。
クレスティアは、彼が近づくのを見届けると、上古人に向き直った。
「こちらが、闇の使徒から私を救ってくれた、西の剣士、フレデリクです」
王女が上古人に言った。
「十二神聖王の血を引く者よ、よくぞ来られた」
上古人は言った。




