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第1章 守護者 第4話


ヘンダールは苦痛に耐えながら、腕を押さえ、地面に座り込んでいた。

腕の傷は深く、且つ、毒に侵されていた。


クレスティアはその傷に掌を当てると、治癒の魔法を施した。

彼女の掌から淡い緑の光が放たれ、傷は次第に消えて行った。


「ありがとうございます。姫様。痛みが和らいで来ました」

「でも、まだ顔色が悪いわ。もう少し待って」


彼女は腕の治療を終えると、今度は彼の頭に両手をかざして魔法をかけた。


「ヘンダール公、横になるといいわ」

ヘンダールは精神的な痛手が酷く、体力も消耗していた。


「姫様に救っていただくとは。立場が入れ替わってしまいましたな」

彼は横になって目を閉じた。

間もなく眠りに落ちた。


それを見届けて安心したのか、不意に、王女は意識を失って倒れた。

彼女は魔力をほとんど使い果たしていた。


満月は真上で輝いていた。


 ◇ ◇ ◇


気が付くと、クレスティアはどこかの部屋の床に横たわっていた。

彼女は重い身体を起こした。


ここは、ドゥルヴァリエ神殿ね。


すぐ傍にヘンダールが横になって眠っていた。


「大丈夫かい?」

彼女は、その声の主を見た。

深い緑の瞳、薄汚れた顔と乱れた髪、土埃にまみれて傷んだ衣服。

若い男が、剣を抱えて壁を背にして座り、こちらを見ている。

側にある暖炉の炎に照らされた顔は、神経質な表情だった。


「あなたは?」

「ああ、俺の名前はフレデリク。通りすがりの傭兵、いや、旅の者だ」


「フレデリク」

クレスティアは我に返った。

「私はクレスティアと申します。ここからすぐ東の国から来ました。幽鬼から救っていただき、心から感謝いたします」

彼女は座ったまま背筋を伸ばすと、若者に頭を下げた。


「いや、お互い様だ。無事で良かった。この剣のおかげだな。あ、いや。で、体調はどうだ? 急に倒れたので驚いた」

「疲れてはいますが、身体は特に異常ありません」

「連れの人は大丈夫?」

「はい、もう大丈夫だと思います」

「そうか、なら、いい」


少女の整った顔立ち、耳に輝く装飾、上質な服装が、彼の目に留まった。


「君は、その、夜遅く、こんな森にいるような人には見えないな。連れの人が君を姫様と呼んでいたね。それに、君は魔法使いなんだな。俺は初めて魔法を見た。驚いたよ」


クレスティアは先ほどまでのことを思い返した。

大いなる力に憑き動かされた自分。

古森(ふるもり)の中で猛り狂う二つの意志。

闇の使徒ヴァルシフの狂気の眼光。

そして、今、目の前にいるのは。


「あなたはどこから来たのですか?」

「俺はアルヴォア公国のテスという街から流れてきた。しかし、ここがどこなのか教えてくれ。眠る前は別の大きな神殿にいたんだ。目覚めたら、ここだった」

「アルヴォア公国は聞いたことがありません」

「ハーフェンにある国だ」


「ハーフェン」

クレスティアは思い出した。

エルノール山脈の向こう側、西の大地に、そんな地名があったことを。

古い書物の地図に書かれていたと記憶している。


そう言えば、彼の言葉には少し訛りがある。


「ここは、古森と呼ばれる森の東の端です。アルゼア地方の南になります」

「アルゼア地方?」

「アルゼアは闇の国ヴァーランと中原(ちゅうげん)オレアールの東にある地です」

「ヴァーラン? オレアール? 全く知らない」

若者は困惑していた。


「あなたは西の大地から来たのですね。エルノール山脈はご存じですか? ここは、その山脈の東にある大地です」

「山脈の東? ここは東の大地なのか? いったいどうやって? 俺は眠っていただけなのに」

若者も、王女にとっても、あまりに遠い場所であることに驚いていた。


南北に連なる険しいエルノール山脈によって大陸は分断されていた。大陸の南に海があったが、その海は常に嵐に見舞われ、わずかな海路に限られているため、東と西にほとんど交流がない。言葉と文字がほぼ同じであるのは、以前、エルノール山脈が途切れていて、東西で往来があったためである。その後、火山の噴火と共に大地の隆起によって山脈が連なり、分断されたと伝えられている。


「今夜、私は、ここに呼ばれました。あなたも同じだと思います。おそらく、闇の使徒も」

「呼ばれた?」

「はい。神々の意志で」

「神だって? 俺には信じられない。でも、俺の身におかしなことが起きているのは確かだ。ここで目覚める前、月は竪琴月だった」

クレスティアには説明できなかった。


「ヘンダールが、私の連れが目覚めたら、城に戻ろうと思います。フレデリクさんも一緒に来ていただけますか」

「そうだな。俺は荷物をなくしてしまい、どうしようかと思っていた。悪いが、少し助けてもらえるとありがたい」

「もちろんです。というか、あなたは我々の命を救ってくれました。城に戻ったら、改めてお礼をいたします」

「旅に必要なものが手に入れば助かる。ここが東の大地などとは信じ難いが、この辺りの情勢を教えて欲しい」

「ここから動くのは夜明けを待った方が良いと思う。また、さっきの奴らみたいな魔物に会いたくないからね。俺も疲れた。朝まで眠らせてもらう」

「分かりました。できる限り、あなたの力になることを約束します」


「ところで、あなたは、人間ですか?」

「え?」

「あ、失礼しました。先ほど、あなたはヴァルシフの魔力に影響を受けていないように見えました。それは人間ではあり得ず、ヴァルシフの闇の力に(あらが)えるのは上古人(じょうこじん)ラヴェンだけだと聞いています」

「俺は人間だよ。西の大地の者だけど」


 ◇ ◇ ◇


間もなく夜明けだった。


レセド王は、執務室の窓の向こうに、青くなり始めた空を見た。

その表情は暗かった。


娘とヘンダールが帰って来ない。

昨晩、タイダルが影士7人と共に城を出て、古森に向ったが、まだ何の知らせもない。

王国軍200名の兵を出す準備は整っている。


「ザルベレスはどこにいる?」

王がエゼンに尋ねた。

「おそらく、神殿の棟でしょう。呼びますか?」

「いや、私が行こう」


数日前から、モーディエ地方を収めるワイズ辺境伯が、城に滞在していた。ワイズは王の古い友人だった。その客人は、今朝から王の参謀となっていた。

王に続いて、宰相エゼン、守りの長フェナン、辺境伯ワイズの四人が執務室を出たとき、まだ薄暗い廊下からザルベレスがこちらに歩いてきた。


彼は王の前に来ると、頭を下げた。

「ザルベレス、何か分かったのか?」

「はい。主神ルーヌンは沈黙しています。しかし、森の女神が応えてくれました。古森から闇は去ったと」

「そうか。良い知らせだな。ありがとう」


王は部屋に戻ると、副官に告げた。

「二個中隊を古森に送り、クレスティアとヘンダールを捜索せよ。その他の部隊は待機を解いて解散するように」

「エゼン、フェナン、ワイズ、我々も一旦解散だ。朝食にしよう」


王の執務室を出ると、ワイズはフェナンに尋ねた。

「ザルベレスとは何者なのですか?」

「彼は、ここでは予見者と呼ばれています。以前はルグレイの北にある村のまじない師だったようですが、数年前、ヘンダール公が城に連れてきたのです」

「まじない師ですと?」

「ええ。彼は、正式に我が国の組織に属していませんが、賢者と呼べる人物です。我が国はもちろん、東の大地の歴史に精通し、魔法を使い、神々に通じています。まあ、とにかく、困ったときに助けになる者ですな」


王は執務室のバルコニーに出た。


西には緩やかにうねる古森が果て無く広がっていた。


王はクレスティアとヘンダールが無事であることを確信した。

だが、自分の命運に底を見たような気がした。


人間はそこを古森と呼び、その地に住まうことはなかった。

アルゼア地方と同等の広さを持つ広大な森だった。

その地は太古の力が宿り、人間を受け入れない。森の奥を目指した旅人は決して戻ることはなかった。

古い伝承によれば、古森を侵して利用しようとした国があったが、神々の怒りを買い、滅んでしまったと言う。


レセド王が統べるクレスファルス王国は、東アルゼアの南、古森の東に位置する。

約千年前、戦乱の時代が長く続き、十二神聖王の血筋が絶えていった。

今や、神聖王の血を引く王国は、東の大地では、エルノールに一つ、オレアールにはなく、アルゼアには、ここ、クレスファルス王国だけだった。

西の大地の情勢は定かではなかった。

王を亡くした国、自ら王国と名乗る国も興亡を繰り返し、徐々に国が滅び、荒野と遺跡になり果てた。それは、闇の地ヴァーランからの暗黒の力によるものだった。



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