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第2章 遥かなる旅 第6話 遺跡


王都を出て29日目、王女一行は、かつて都市として栄えた遺跡に差しかかっていた。

石造の建物の残骸が広範囲に点在し、周りを囲んでいた防壁が僅かに残っており、大きな都市だったことが伺えた。中央の丘にある崩れた防壁と城館の跡は遠くからも見ることができる。


荷馬車の御者台に座るクレスティアは隣のフレデリクに話しかけた。

「あれはドレアード遺跡と言って、かつては王国の首都だったところ。王国は約千年前の闇との大戦で滅びたと伝えられているわ。その大戦は長く続いて、上古人(じょうこじん)の力も及ばず、二つの王家が滅んだの」

「王家と言うのは神聖王の血を引く王家のこと?」

「ええ。その後も、いくつもの大戦があって、さらに二つの王家が絶えて、残るは二つだけ。西の大地に王国はいくつあるの?」

「王国は三つあるよ。俺は歴史に疎いから、神聖王の血筋かどうかは分からない」

「東の大地と西の大地、それぞれ六人の神聖王が王国を築いたのが約三千年前。その後、東の大地の歴史は闇の国ヴァーランとの戦いばかりよ」


「今更だけど、上古人とはどんな種族なんだい? 西の大地にはいないと言われていて、誰も知らないんだ」

「上古人は、呼び名の通り最も古い種族で、光の種族とも呼ばれるわ。天候さえ変えてしまう強大な魔力を持ち、寿命がなく、神々と通じ、人と関わることはあまりないの。でも、闇の種族が侵攻してきたときには味方となって戦ってくれる。ラヴェンとは古代語の呼び方で、彼らの間では古代語を使っているわ」

「もしかして闇の種族と対のような存在?」

「その通りよ。古代から光と闇は戦い続けているわ。闇の種族も寿命がないと言われている。でも、幽鬼や魔物は人や動物と同じように寿命があるの」


「古代から光と闇の戦いが続いているけど、人間はそれに巻き込まれているだけかも知れない」

「人間も似たようなものだよ。西の大地では常にどこかで人どうしが争っている」


 ◇ ◇ ◇


王女一行は遺跡の中を通る街道を進んでいた。

街道の先に馬を駆る者がこちらに来るのが見えた。

あり得ないほどの速さで近づくと、それは馬ではなく、人ではなかった。


上古人は一角獣から降りた。

金色の瞳がクレスティアを捕らえたあと、フレデリクを凝視した。

「クレスファルスの王女よ、ごきげんよう。我はレガートだ」

「クレスティアと申します」

「すまぬが、急ぎ、力を貸して欲しい」

「私どもができることなら何なりと」

「走りながら説明しよう」


「この先で我らの一人が暗黒の騎士(ダルクド)と戦っておる」

「そなたを狙っていると判じ、駆けつけたが、奴の目的は違っていた。遺跡の中に封印されたダルクドの霊を解放するためだった。長い時が経ち、その封印は忘れ去られていたが、奴らは気づいた。封印したまま放置していたのは我らの過ちだ」

「闇の種族は霊が残っていれば、闇の国で再び肉体を取り戻してしまう。封印を解かれる前にダルクドの霊を滅ぼしたいが、その力を持つ者が近くにいない」

「だが、主神(ルーヌン)の名もなき剣なら、それが可能だと察する」

上古人はフレデリクを見た。

「守護者よ、そなたの力を借りたい」

「分かりました。剣をお貸しするだけでは駄目なのですか?」

「そなた自身が振るう剣が必要だ」


 ◇ ◇ ◇


上古人と王女一行は街道から外れ、崩れた石造りの建物が並ぶ城下町の中を走った。

一行は城の残骸が残る丘の麓まで来た。

クレスティアは、この先に強大な魔力の応酬を感じ取った。

「レガート様、私はこの辺りで待っていた方が良いのでは?」

クレスティアは尋ねた。

「我と守護者がいないのは却って危険だろう。共に来るが良い」


四人は馬と荷馬車を置いて、上古人の後に続いた。

彼は城内にある廃墟となった神殿に向っていた。

「我の側から離れぬように」


上古人(ラヴェン)暗黒の騎士(ダルクド)が戦っていた。

上古人アルマスは神殿を守る位置にいて、青白い光の矢による攻撃よりも赤い光を防ぐことが多かった。

戦いの煽りを受けて、周りの遺跡はそこかしこで崩れ落ちた。

ダルクドから放たれた光の矢が五人にも襲いかかったが、レガートが防いだ。


これを防ぐのは今の私には無理ね。

クレスティアは先日覚えたばかりの防御では役に立ちそうにないと感じた。


『アルマス、もう少しの間、防いでくれ。先ほどゼナルを呼んだ』

『承知した。長くは持たん』


レガートと四人は、ほとんど壁だけとなった神殿の中に入っていった。

大広間にある神々の彫像は元の姿を留めていなかった。

主神らしき像の前に祭壇はなく、床が抜け落ちており、地下へと続く階段があった。

五人は階段を下りた。

地下は広間になっていて、上半身が崩れ落ちた主神の彫像と祭壇があった。

祭壇の上には棺があった。


「守護者よ、剣を抜いて、こちらに」

フレデリクは剣を抜くと、棺に向って剣を構えた。

レガートが左手をその剣に向けると、青白い光が剣を覆った。

次に、棺に向って右手を伸ばすと、棺の蓋がゆっくりと開き、床に落ちた。

その中には長い時を経た粉塵まみれの黒い甲冑と黒い剣があった。

「兜の眼孔を貫くのだ」

「はい」

青白い光を纏ったフレデリクの長剣が兜を貫いた。

光が棺の中を満たした。

同時に、重く低い咆哮が発せられ、地下の広間に響き渡った。

クレスティアは棺の中に闇の気配が現出したことを感じ取った。

その咆哮に四人とも苦痛を感じ、グレイスは思わず手で耳をふさいだ。

咆哮は地鳴りを引き起こし、天井と壁から細かい石が落ちてきた。

「そのままに」

咆哮は次第に小さくなり、棺を満たした光も弱まり始めた。

黒い甲冑と剣は灰色に変わり、崩れ落ちて砂塵と化した。


「剣を収めるが良い」

フレデリクは兜の残骸から剣を抜いた。

彼には緊張と驚きの表情が浮かんでいた。

剣はわずかな光を帯びたままだったが、彼はそのまま鞘に収めた。


「そなたの名は?」

「フレデリクです」

「フレデリクよ、感謝する。そなたに栄光があらんことを」

レガートは走り去った。

その後を追って、四人も地上に出た。


暗黒の騎士と上古人の戦いは続いていたが、アルマスは右腕を失っていた。

アルマスに代わってレガートが戦いの主力となったが、レガートの魔力は精彩を欠いており、ダルクドの優勢は変わらなかった。

いくつもの光の矢は周りの遺跡に当たって石の壁を崩しており、四人の方に、いつ流れてきてもおかしくなかった。


「行こう!ここから離れるぞ」

ヘンダールが声をかけ、四人は走り、来た道を戻った。

フレデリクは剣を抜いて、クレスティアの盾となる位置を取った。

この剣ならダルクドの攻撃を防いでくれるかも知れない。


一角獣を駆る上古人が現れた。ゼナルだった。

彼は止まることなく、すれ違い様にクレスティアに向って頷き、走り去った。


王女一行は馬を速歩(はやあし)で進め、街道まで戻った。

クレスティアは振り返り、丘の城跡の方に意識を向けた。

闇の気配が次第に遠ざかり、消えるのを感じ取り、安堵した。


一行は街道を南に進んだ。

「フレデリク、お疲れ様でした。と言うより、大丈夫? 恐ろしく強い魔力だったわ」

クレスティアは声をかけた。

「ああ。何ともないよ。あれは上古人と、この剣の力だね。俺は剣を掴んでいただけ」

「今回は上古人の役に立てて良かったわ。いつも守ってもらってばかりだから」

「アルマスさんは腕を失っていたけど大丈夫だろうか。平気な顔をしていたけど」

「多分、彼らの力で腕を元通りにすると思うわ」

「本当に?それは凄いな。もしかして、クレスティアもできるのかい?」

「私は、せいぜい指一本ね。それで魔力が尽きて気を失うわ」

「それでも凄い」


上古人に及ばないのは当然。

でも、私はもっと強くなりたい。自分を、仲間を守れるように。


「あんな間近で超常の出来事を見たのは初めてです」

馬上のグレイスは興奮気味に隣のヘンダールに話しかけた。

「上古人と闇の種族は想像を絶します。あんなに大きい石の壁が簡単に破壊されるなんて、恐ろしい力です。それに、フレデリク殿の剣もとんでもないことは私でも感じました」

「ああ。私も驚きだ。フレデリクが古森(ふるもり)に現れて以来、私は神話や伝説の中にいるようだよ」

「その物語の結末は姫様の呪いが解けて、めでたし、めでたし、で終りますね」

「ああ。もちろんだ」



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