第2章 遥かなる旅 第5話 宿場町
王都を出て25日目、王女一行は昼前に宿場町に着いた。
大きな町ではなかったが、人通りが多く、賑やかだった。
早々と宿を押さえたあと、四人は徒歩で町の中心に向った。
「まずは昼食で良いかしら」
「はい。そうしましょう。ですが、宿屋で良い店を紹介してもらうのを失念しておりました」
「そうね。では、ここは世情に通じた影士の目利きに頼りましょう」
「お、そう来ましたか。重責ですな」
「まあ、天気も良いし、市場の屋台で何か買って、外で食べるのも良いかもね」
「姫様、昼食はいつも外です。たまには店で食べたいです」
「グレイスは甘いものが食べたいのね。屋台では売っていないから」
「いや、でも・・・、はい。食べたいです」
◇ ◇ ◇
四人は飲食店で昼食を食べ終え、茶を飲みながら寛いでいた。
「私だけ菓子をいただいて恐縮です」
「気にしないで。私たち三人は肉食だから」
「いえ、俺は雑食ですね」
「あら、フレデリクは私と同類と思われたくないのね。つれないわ」
「クレスティアの肉好きには到底及びませんので」
「フレデリクは修練が足りないようね」
「どんな修練ですか」
クレスティアとフレデリクは軽口を叩いていた。
「さて。手分けして、やるべきことを済ませてしまいましょう」
ヘンダールは言った。
「姫様と私で換金と食料の買い出しを。グレイスとフレデリクには矢の補充を頼みたい。ついでに剣の手入れもしておくと良いな」
「承知しました」
「換金って、宝石を替えるのね?」
「はい。貨幣は嵩張りますので、我々の路銀の多くは宝石です」
「ヘンダール公の交渉術を学ばせてもらうわ」
「交渉と言うより、宝石の価値の相場が分かるかどうかですな。あと、この町は大きくないため、店を選べないと思います。売る方には不利です」
「なるほど。あとでその相場を教えて」
◇ ◇ ◇
ヘンダールとクレスティアは換金を終え、人が行き交う通りを市場に向って歩いていた。
二人とも質素な服装で、クレスティアは目立たないようにフードを被り、ヘンダールは外套の内に隠した剣を携えていた。
ヘンダールはのんびりした表情をしながらも、常に周りに気を配っていた。
「まあ、こんなものですな。ファイレ共和国の首都なら、もう少し良い換金ができると思います。それまでは、これで繋ぎます」
多数の物々しい兵士達が街道を進軍して来た。
二人は道の端に寄り、やり過ごそうとしたが、その部隊はかなりの数で、しばらく立ち止ることになった。
「この辺りで戦が起きるような話はありせんよね?」
クレスティアはヘンダールに尋ねた。
「はい。あれはリーデ公国の軍ですが、隣のファイレ共和国とは友好的な関係です。町の者に聞いてみます」
「わしは旅の者じゃが、この辺りで戦があるとは聞かないな。あの兵隊さんたちはどこに行くのかね?」
「ああ。西の方にオークの軍隊が陣取っているらしい。それを討伐に行くそうだ。この町が巻き込まれなきゃいいがね」
「オークの軍隊って、数はどれくらいかね?」
「噂だと千人くらいだとよ。まさか大戦の始まりってことはないよな。昔、この辺りは戦場だったんだ」
「そうか。邪魔したな」
「オークが千人ですか。私のために派兵されていることになりますね」
「いえ。姫様が責任を感じる必要は全くありません。我が国から各国に闇の襲来を伝えてありますから、少なくともアルゼアの各国は闇への対処を覚悟しているでしょう」
「でも、相手がオークとは言え、リーデ公国軍は無傷では済まない」
「闇の狙いが姫様であろうとなかろうと同じことです」
「そうかも知れない」
「これは闇との戦いです。我らは影士の一人を失いました。もし闇が姫様の魔力を手に入れたら、リーデ公国は滅ぶかも知れません」
「出立の時、自分自身にも誓ったの。私は強くなると。それが皆のためにできることね」
「はい。ですが、姫様は強い意志を十分お持ちです。魔法のことは分かりませんが」
二人は進軍を見送ったあと、市場へ向かって再び歩き始めた。
「ヘンダール公、良い肉を仕入れましょうね」
「日持ちしないので、量はほどほどですよ」
「なるべく多くね」
◇ ◇ ◇
フレデリクとグレイスは何度か人に尋ねて、ようやく武器を扱う店に辿り着いた。
店に相応しく、少し柄の悪そうな男が店員だった。
「矢はここにあるだけですか?」
「ああ、そうだ」
「これなら長さも良さそうです」
「何本くらい必要でしょうか?」
「そうですね。20本もあれば良いと思います」
「分かりました」
「店主、これを20本もらいたい」
「あいよ」
「あと、剣の手入れを頼めるだろうか? すぐにできないなら不要だが」
「ちょいと見せてくれるかい」
二人は各々の剣を店の机の上に置いた。
「そうだな。これなら1時間ほどでやっておくぜ」
グレイスの剣を見た店員は言った。
「こっちは、おい、これ新品じゃねえか。手入れなんぞ必要ないぜ」
店員はフレデリクの剣を見てあきれていた。
「いや、待てよ。こんな剣、見たことねぇ。鋼とは思えねえ出来映えだ。この剣はいったい何なんだ?」
「いや。そうか。ならいい。そちらの剣の手入れを頼む。また来る」
フレデリクは店員の手から剣を取り返して鞘に納め、そそくさと店を出た。
「では、よろしく頼む。後で矢も取りに来る」
グレイスは店員に告げると、フレデリクの後を追った。
フレデリクは店の外でグレイスを待っていた。
「しくじりました。この剣は普通じゃなかったんです」
フレデリクは苦笑いを見せた。
「普通じゃない? 確かに店主も驚いていましたが」
「ええ。ザルベレスさんに見せたら、魔力があって、俺と同じようにどこからか来たんだろうって」
「魔力がある? どこからか来た?」
グレイスは唖然とした。
「どういうことですか? あなたの剣ではないのですか?」
「ええ。借り物なんです」
「か、借り物ですって?」
「はい。多分、主神からの」
グレイスはさらに目を丸くした。
「そんなに凄いものだったのですね。いやはや、フレデリク殿には驚かされます」
「でも、驚いて当然ですね。あなたは神々が遣わした特別な存在。旅を共にする間に失念していました」
「俺自身は特別じゃないです。やんごとなき神々の駒に過ぎません」
「私は神々のことがよく分かりません。しかし、神々の意に関係なく、あなたは姫様のために旅に同行すると言われました。私はその高潔さも特別だと思います」
「あ。いや、まあ、柄でもないです」
「もし旅の同行を命じられなかったら、私は王国を捨てて姫様について来ました。あのような理不尽な呪いをなくすためなら私は何だってやります」
発狂するとは国を捨てることだったか。
「何か言いましたか?」
「いえ。何も」
「えっと、時間もありますから、市場を覗いてみましょうか」
「はい。そうしましょう」
二人は武具屋を後にして歩き出した。
「ところで、従騎士と言う呼び方は、西の大地では騎士見習いのことを指すのですが、グレイスさんは正式な騎士ですよね?」
「はい。私は20歳で騎士になりましたが、それ以前は見習いでした。単に見習いと呼ばれています。従騎士は警護に加えて身の回りのお世話もします。侍従または侍女、兼、騎士です」
「なるほど」
「20歳で騎士になったとは流石ですね。そういう家系の出身ですか?」
「ええ。私の家は代々、騎士を務めてきました。三人の兄も騎士団にいます」
「由緒正しい名家なんですね」
グレイスさんの印象そのままだ。
「フレデリク殿の技量ならすぐにでも騎士になれます。と言うか、姫様とヘンダール公を闇から救った功績で騎士爵でもおかしくありません」
「いや、俺はよそ者ですよ。そんな単純じゃないと思います」
「そうでしょうか・・」
「あ! フレデリク殿、あの店に行きます!」
グレイスはフレデリクの腕を掴み、足早に店に向った。
「グレイスさん、落ち着いて。菓子は逃げませんよ」
「いえ、売り切れるかも知れません!」




