第2章 遥かなる旅 第4話 古代墓地
お母様、私は死ぬの?
そうね。もうすぐね。
死んだらどうなるの?
誰にも会えなくなるわね。
誰にも会えない・・・そんなの嫌。
大丈夫よ。クレスティア。ここは静かで平穏なところ。
さあ、行きましょう。
どこへ行くの?
お母様?
クレスティアは目覚めた。
「姫様!」
グレイスの顔があった。
「ああ、良かった!意識が戻られたのですね」
「グレイス」
クレスティアは上体を起こした。
「姫様、大丈夫ですか? お身体に、どこかおかしいところはありませんか?」
「少し頭が痛い。でも、大丈夫」
「まだ熱があると思います。でも、本当に良かった」
グレイスの目は赤く、顔がやつれていた。
「グレイス、心配をかけたわね。ごめんなさい」
「いえ、とんでもありません」
クレスティアは闇の赤い光を浴びたことを思い出した。
「グレイス、私はどうなったの?ここはどこ?」
「姫様が闇の光を受けて倒れたのは昨日の夜です。敵は撤退しました。すぐに上古人が姫様を治療してくれました。そのあと、我々は移動して、この町、リーデ公国のレミンと言う町まで来ました。ここは宿屋です」
「そうだったのね。今、何時頃かしら?」
「夕方の5時頃です」
「姫様がお目覚めになったことを皆に知らせたいので、少し離れますが、宜しいですか?」
「ええ。大丈夫」
グレイスは部屋を出て行った。
クレスティアは先ほどの夢を思い返した。
母親が闇の中へ消えて行った。
彼女の母親である王妃は、彼女が14歳のときに病で亡くなっていた。
生前の王妃はクレスティアを深く愛し、王家の呪いをなくすため、国内外の魔法使い、まじない師を頼った。
しかし、誰一人、解呪することはできなかった。
彼女は最期までクレスティアが生き続けることを願った。
お母様、私は生きているわ。
「姫様、失礼します」
グレイスが戻った。
「どうぞ」
グレイスに続いてヘンダールとフレデリクも部屋に入って来た。
「姫様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫。少し頭が痛いだけ。皆に心配をかけて、ごめんなさい」
「滅相もない。姫様が大事なさそうで安堵しました」
ヘンダールの顔は嬉しさに満ちていた。
フレデリクにも微笑みが浮かんでいたが、陰りがあった。
何だか元気がないみたい。
「姫様、食事は取れそうですか? 丸一日何も召し上がっておられません。まもなく夕食です。たくさん食べて早く回復なさってください」
「グレイス、気が早いな。姫様、起き上がれそうですか?」
「ええ。大丈夫だと思うわ。宿での食事は久しぶりね。楽しみよ」
「それなら良かった。私も自分の野営料理に飽き飽きしていたところです。次はフレデリクに代わってもらおう」
「任せてください。今日、町で新しい香辛料を仕入れておきました。一味違うものにしますよ」
「それは楽しみだわ」
「フレデリク殿!菓子も作れますか?」
「そこまでは・・・」
「ですね」
グレイスは肩を落とした。
◇ ◇ ◇
王都を出て17日目、王女一行はリーデ公国で二番目に大きい都市を過ぎ、街道を南西に進んでいた。
行き交う人々が減ってきた頃、行く手に神殿が見えた。
御者台に座って景色を眺めていたクレスティアは、ふと、その神殿を気に留めた。
闇とは異なる何か異質な気配を感じた。
市の中心にある立派な神殿とは違い、小さな古い神殿で、木々が生い茂った丘の手前に建っていた。
「フレデリク、少し寄り道になるけど、あの神殿に行ってもらえる?」
クレスティアは先頭の馬に乗るフレデリクに声をかけた。
「いいですよ」
「姫様、何かあるのですか?」
「特に用はないのだけれど、少し気になるの」
◇ ◇ ◇
クレスティアは神殿の中に入って行った。
グレイスとフレデリクがあとに続く。
広間には太陽神と地母神が祀られており、特に変わったところはなかった。
神々の彫像の前で祈りを捧げたあと、三人は神殿の外に出た。
クレスティアは周りの敷地に足を踏み入れ、神殿の裏手に回った。
そこには、どこまで続くのか分からない長く張り巡らされた柵があった。
柵の向こう側は森のような丘が続いていた。
ここだ。
何かの気配がする。
「どうかされましたか?」
神殿の神職の一人が声をかけてきた。
クレスティアは頭を下げた。
「私たちは旅の者です。祈りを捧げに参りました。これから帰るところです」
「そうですか。ありがとうございます」
「少しお聞きしたいのですが、この柵は何のためですか?」
「この先に立ち入ることを禁じています。この塚はいつ作られたのか分からない古代の墓地です。数年前、墓荒らしに遭ったのですが、彼らは皆、魔物か何かに食い殺されていました」
「こんな街に近いところに魔物が?」
「ですが、この辺りで魔物を見たという話は聞きません。普段は静かな森です」
「分かりました。ありがとうございました」
神職の者は去って行った。
クレスティアはその塚に意識を向けた。
少しお邪魔しないと分からないわね。
彼女は大胆にも柵を越えた。
「姫様!お待ちください!」
「大丈夫。少し入るだけだから。そこでちょっと待っていて」
クレスティアは再び塚に意識を向けた。
間もなく、言葉と似て非なる漠然とした意思が、彼女の精神に伝わって来た。
「お前は誰だ? すぐに、ここから立ち去れ」
「私は魔法使い。長居はしないわ。少し話をしましょう」
「魔法使い?それは何だ? お前は人か?」
「そうよ」
「人と話をするのは久しぶりだ」
「あなたはここで何をしているの?」
「何もしない。主の側にいるだけだ」
「ここを守っているのね?」
「そうだ」
「あなたはどこから来たの?」
「覚えていない。主と共に旅をしていた」
「あなたの主はどこにいるの?」
「ここに眠っている」
クレスティアは、もう一度、塚に向って感覚を研ぎ澄ませた。
「そうね。でも、あなたの主の魂はここには無い。それは分かっているのでしょう?」
「・・・」
「あなたはここにいるべきではないわ」
「そうかも知れん」
「だが、どこに行けば良いのか分からない」
「・・・ごめんなさい。私にも分からないわ」
「お前、ファルセの匂いがする」
ファルセ?・・・森の匂い?
「思い出した。我はファルセにいた。お前もファルセから来たな」
「お前の言う通り、主はもういない」
「我を連れて行ってくれ」
その意思を持つものは、ゆっくりとクレスティアの精神に入って来た。
四つ足の姿の印象がぼんやりと頭をかすめた。
悪意、脅威、違和感、何も感じなかった。
彼女は受け入れた。
すると、それは彼女の中で意識を消した。
眠ったようだった。
そして、感じ取ることが難しいほどの存在になった。
これ、大丈夫かしら?
ひとまず、このままにするしかないわね。
上古人に相談しよう。
グレイスとフレデリクの許に戻ろうと、クレスティアは振り返った。
二人の後ろに、上古人が立っていた。
「フィディス様」
フィディスの金色の瞳がクレスティアを捕らえ、その内を見た。
「そなた、力が増しておる」
「ダルクドの力は却って、そなたを強くしたようだ」
「ところで、今、精霊を宿したな?」
「はい。少し不安です。問題ないでしょうか?」
フィディスは微笑み、頷いた。
「王家の呪いのすべてを背負い、迷える精霊まで受け入れるか・・」
「クレスティアよ、恐れるなかれ。そなたが思うままで良い」
上古人は去っていった。
「姫様!精霊を宿したって、いったい何があったのですか?」
「うーん、そうね・・・ 古い友人に再会したような感じ」
「全くもって、分かりません」
グレイスとフレデリクは唖然とした。
「大丈夫。私は魔法使いよ」
「さあ、戻りましょう」




