第2章 遥かなる旅 第1話 闇の襲来
「国境は過ぎたようだ。これで我が国ともお別れだ」
ヘンダールは、隣で馬を操るフレデリクに言った。
王都を出て五日目、王女一行は街道を北西に進んでいた。
先には荒野が広がっている。右手には林があり、クレスファルスから北海に至る大きな川が流れていたが、街道は次第に川から離れていった。
「次の町までは距離がある。今日は野営だな」
「野営は天幕を張るのですか? それとも、荷馬車で?」
「どちらでも良いが、荷馬車の方が安心感はあるな。ただ、四人だと少し狭い」
「この辺りに危険な野生動物や魔物はいますか?」
「まだ大丈夫だろう。この先のリーデ公国の手前は人気がなく、警戒が必要になる」
「殿下とグレイスさんは荷馬車で、俺たちは外で良いと思います」
「ああ、そうしよう」
◇ ◇ ◇
「姫様、失礼します」
御者台のグレイスがクレスティアに声をかけた。
「うん、何?」
「ずっと読んでおられるのは、魔法書ですか?」
「ええ、そう。ザルベレスが貸してくれた本よ。早く攻撃魔法を覚えたいの」
「姫様も戦力に加われば怖いものなしです」
「そうね。でも、まだ時間がかかりそう。しばらくはグレイスに守ってもらわないと」
「分かりました。お邪魔して申し訳ありませんでした」
「いいのよ。読むのに疲れてきたところ。それに、荷馬車に揺られるのも結構疲れるものね」
「ヘンダール閣下、そろそろ休憩を取りませんか?」
グレイスが声をかけた。
「そうだな。向こうに木陰がありそうだ。そこで一休みしよう」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇
一行は、街道の側にあった大きな木の下で、寛いでいた。
「今日の夜は野営になるそうだよ」
「宿場町まで遠いのね。私、生まれて初めての野営だわ。なんだか心が弾むのよ。グレイスは野営したことがあるの?」
「はい。騎士団の訓練で遠征する際には野営となります。でも、ぐっすり眠れたことはありませんね」
「そうなの? どうして?」
「家の寝台のように厚くて柔らかい敷物ではありませんので」
「荷馬車にある敷物を見たけど、厚みがあって上等でしたよ。俺が使っていたものとは大違いだ」
「本当ですか。それはありがたい。野営に敷物はとても重要です」
「ところで、夕食はどうするのですか? 誰か料理ができると言うことですよね? 正直、私は上手く作る自信はありません」
クレスティアは言った。
「私がやります。料理と言うか、食べられるものを作ります。味は期待しないでください」
ヘンダールは笑いながら答えた。
「私は、全くできません」
グレイスは恥ずかしそうに言った。
「昨日のような美味しい食事は、これから滅多に食べられないのね。悲しいわ」
「宿の食事はどれも美味でしたが、特に甘味が絶品でした」
「グレイスは甘いものに目がないものね。私は肉料理がとても気に入ったわ」
「次の町で、せめて焼き菓子だけでも仕入れます」
「美味しい肉もお願い」
「なんだか、お二人の印象と食の好みが入れ違っているような・・」
フレデリクは面白がっていた。
「それは偏見と言うものです」
「そうです」
◇ ◇ ◇
日陰が長く伸び切った頃、一行は野営の準備をしていた。
フレデリクは天幕を張り、グレイスは荷馬車に寝床を作っていた。
クレスティアは勝手が分からず、グレイスを手伝った。
ヘンダールは火を起こすと、その上に三脚を置いて、鍋を吊るした。
昨日、町で仕入れた新鮮な食材があったため、野営には珍しい、まともな食事になりそうだった。
四人は焚火の周りに集まった。
「姫様、これから食事を作りますので、しばらくお待ちを」
「俺も手伝います」
「焚火を見ていると心が落ち着きます」
グレイスは言った。
「言われてみれば、その通りね。火の力は偉大だから」
おや、何だろう。嫌な感じがする。
クレスティアは違和感を覚えた。
感覚を研ぎ澄ますと、遠くに魔力の揺らぎを感じた。
あ、近くにも何かいる。
「ヘンダール公、周りに・・」
王女の間近に矢が刺さった。
続けて、二本の矢が飛んできた。
「姫様!荷馬車の陰に!」
グレイスは王女を抱えるようにして走った。
ヘンダールとフレデリクも荷馬車に走り、そこから剣を取り出し、敵を探した。
「影士たちが見張っているはずなんだが」
暗闇に眼を凝らすと、遠くに10人ほどの人影が見えた。
「オークだ」
短剣を持った魔物がこちらに迫ってきた。
オークは人より少し小柄で、凶暴な人型の魔物だった。
さらに、その後ろから一つの巨大な影、幽鬼ヴァルシフが近づいて来た。
「フレデリク、幽鬼を頼む!」
「了解です」
フレデリクは荷馬車から小振りの盾を掴むと、オークに構わず、ヴァルシフに向って走った。
何よりもあいつが先だ。
フレデリクは地面に盾を置いて、長剣を構え、間合いを取った。
幽鬼の巨大な剣が振り下ろされた。
素早く横に逸れると、後ろに回り込み、長剣を振る。
幽鬼が距離を取ったため、彼の剣は空を切った。
すぐに幽鬼の剣が来た。
剣で受け流したが、その重さによる衝撃は大きい。
今度は外さない。
フレデリクの剣が一閃し、幽鬼の首に深い傷を負わせた。
続けて、その眼孔を深く差した。
幽鬼はゆっくりと地に伏して動かなくなった。
王女の方を見ると、ヘンダールとグレイスが次々と敵を倒している。
あれなら大丈夫だ。
フレデリクは盾を拾い、弓を持ったオークに向った。
彼の片手剣は弓もろとも敵を切り伏せた。
ヘンダールが最後のオークを倒し、辺りに動く敵はいなくなった。
フレデリクが三人の許へ戻ろうとしたとき、遠くから叫び声が聞こえた。
灰色の大きな人影が、多数の敵を相手に戦っていた。
青白い光の帯は一度に数人のオークを倒し、同時に、輝く剣は舞うように敵を薙ぎ払っていく。
ヴァルシフらしき巨大な人影が地に伏した。
灰色の人影は剣を収めながら、こちらに近づいてきた。
「そなたが守護者だな。見事な戦いぶりだ」
上古人は言った。
フレデリクは頷いた。
こちらに気づいた三人が歩いてきた。
「クレスファルスの王女よ。ごきげんよう。私はアルマスと言う」
「クレスティアと申します。闇の使徒から守っていただき、深く感謝いたします」
「いや、少し打ち漏らしてしまい、すまなかった。だが、そなたには良い道連れがいるようだ」
「もはやオークまで駆り出されておる。気を付けられよ」
どこからか、一角獣が上古人に近づいて来た。
「我はこれで失礼する。そなたらに神々の加護があらんことを」
上古人は一角獣に乗り、去って行った。
「クレスティア、怪我はないかい?」
「私は大丈夫。フレデリクこそ怪我は? ヘンダールとグレイスは?」
「俺は何ともない」
「私も問題ありません」
「フレデリクがすぐに幽鬼を始末してくれたからな。でなければ、こうはいかん」
「グレイスさん、肩のところ、血が滲んでいませんか?」
「え? あ、気づきませんでした。矢が掠ったのでしょう」
「グレイス、大丈夫? すぐに治療するわ」
「オークの矢は毒が塗られている場合がある。掠り傷でも侮らないことだ」
クレスティアがグレイスの肩に掌をかざすと、淡い緑の光が発せられ、傷が消えていった。
「これでいいわ。私をかばってくれたときね。グレイス、ありがとう。私は皆の足手まといから早く脱しないと」
「姫様、お気になさらないでください。お守りするのが私の役目ですから」
「さて、食事を作るとするか」
「と言いたいところだが、オークどもを片付けてからだな」
「ですね」
「・・・」
遠くから馬で駆けて来る三人の人影が見えた。
四人の近くまで来ると、彼らは馬を降りた。
「王女殿下、ヘンダール公、駆けつけるのが遅れ、申し訳ありません」
男たちは頭を下げた。
彼らは王女一行から離れて同行している影士の部隊だった。
「アレクか。ご苦労。見ての通りだ。上古人に先を越されたな」
「おっしゃる通りです。彼らの力は想像以上で、驚きました。皆さん、ご無事でしょうか?」
「ええ、大丈夫です。影士の皆さんもお疲れ様でした」
「いや、すまんが、もう一仕事してくれんか」
ヘンダールは影士たちに言った。
「こいつらを片付けて欲しい」




