第1章 守護者 第1話
目覚めると、見覚えのない天井が見えた。
俺は体を起こして辺りを見渡す。
窓から月光が差し込んでいるが、灯りはない。
薄暗い石造りの広間にいた。
簡素な祭壇があり、その奥には神の石像がある。祭壇の上に小さな花束が置かれている。
祭壇と壁の燭台には、ろうそくがあった。
ここはどこだ? 先ほどの部屋とは違う。
しまった!
剣がない。荷物もない。盗まれたか。
傭兵稼業が長かったせいで、眠っていても人の気配には気づけるはず。
そんなに深く眠っていた?
まさか、毒薬を飲まされた? いや、体調に異常はない。逆に、眠る前より良くなっている気がする。
腰に縛り付けていたわずかな路銀、首に鎖でさげた指輪はそのままだった。
先ほどまで、荘厳で大きな神殿にいた。
神殿守にひと休みさせて欲しいとお願いしたら、部屋を案内され、自由に使って良い、泊っても良いとのことだった。
ありがたく、その部屋の隅で横になった。
美しい歌声が遠くから聞こえていた。大広間で歌姫が神に捧げているのだろう。
ゆっくりとした優しい旋律は、とても心地良く、その歌に誘われて、いつの間にか眠りについたのだ。
しかし、ここは違う。
立ち上がって広間を歩きまわるが、何も見当たらない。
広間から出て、いくつか別の部屋にも足を踏み入れた。
これと言って何もない。
重い木の扉を開けると外に出た。神殿を振り返った。
小さな村にあるような小さな神殿だ。
建物は石造りで、遺跡のように、とても古い。
周りは庭になっていて、低い生垣で囲われている。その先は森だった。
神殿の入口から伸びた道は森の中に続いていて、先は見えない。
誰もいない。
アーチ状の神殿入口の上に彫像があり、石に刻まれた文字を確認した。
ここは月の女神の神殿のようだ。
再び建物の中に戻り、もう一度、建物の中をすべて物色した。
駄目だ。剣も荷物も見当たらない。
まいったな。
寝ていた広間に戻った。
祭壇の奥にある彫像は女神を形取っている。
やはり、ここはイシルの神殿だ。
おや?
彫像の足元、祭壇の奥、床に敷布があり、その上に剣が置かれていた。
こんなものあったか?
目が覚めて、この広間を見渡したときには気づかなかった。
鞘に収まった長剣だ。
柄や鞘に装飾はほとんど施されておらず、質素な意匠と言っていい。
月の女神に長剣を捧げる風習など聞いたことはないが、不思議と違和感がない。
剣に手を伸ばそうとしたが、はっとして手を止めた。
罠が仕掛けられているかも。
しかし、これも不思議と危険を感じない。
手に取ってみた。
長剣だけあって、それなりに重い。
装飾はほとんどないが、柄には主神ルーヌンの紋章がある。
俺は長剣を使ったことがない。長くて重いために扱いづらい。実戦向きではないからだ。
ゆっくりと鞘から剣を抜いてみた。
ん?
抜き身になった途端、剣は軽くなった。
刃は曇り一つなく、研ぎ澄まされた強靭な鋼であることが伺える。
立ち上がって、両手で持ってバランスをみた。
次に、片手だけで持ち、少し振ってみた。
やはり軽い。長剣とは思えない。
抜き身を鞘に戻した。
再び、見た目通りの重さに戻った。
この剣は、何というか、普通じゃないな。
そして、元あった場所に返すのが善人の行いだが。
自分の剣と荷物は消えた。
食料もない。
ここが、どこなのかも分からない。
打開するには、ここから移動すべきだが、周りは見知らぬ森だ。
悪いが、少しの間、この剣を借りておこう。
女神の像に向い、頭を下げた。
明日の朝になったら移動する。
夜の森は、狼などの野生動物、さらには魔物に出くわすおそれがある。
遺跡のような神殿だが、人の手が入っていた。
ということは、ここから人が住む場所まで、そう遠くはないはずだ。
運よく縄を見つけた。
この縄を使って剣を背負うことができる。
手で提げるのはもちろん、腰に差すにも少し重いし、長すぎる。
外に出て、庭を一回りし、建物の外壁を確認した。
魔物などが簡単に侵入はできないだろう。
中はある程度安全だ。明日の夜明けまで休めそうだ。
運よく、庭には井戸があったので、水を飲んだ。
建物内に戻ろうとしたが、庭がやけに明るかったので、夜空を見上げた。
そこには満月が輝いていた。
まさか! そんなはずはない。
そのとき、近くで人の声がした。
切迫した声だ。
「姫様!逃げるのです。私が時間を稼ぎます。さあ早く!」




