醜悪王太子の陰謀で魔物の森に追放された銀髪公爵令嬢が、変…辺境騎士団の救済で元婚約者の美男テレンスと溺愛再婚約! ~異世界で蘇る純愛の青空~
フェレンシア・アルドレス公爵令嬢が断罪されたと聞いて、テレンスは真っ青になった。
彼はテレンス・バテル伯爵令息。歳は19歳。
黒髪碧眼の鍛え抜かれた身体を持つ美しき令息だ。
テレンスが現在いる場所はバテル伯爵領の自宅である屋敷。
フェレンシア・アルドレス公爵令嬢は王都の王立学園の卒業パーティに出席していたはずである。
フェレンシアの事をテレンスは愛していた。いや今も愛している。
銀の髪に青い瞳のフェレンシアは現在18歳。
名門アルドレス公爵家の娘で、その美しさと家柄からベレド王太子の婚約者に3年前に選ばれたのだ。
それまではテレンスの婚約者だったのに。
どんなに思っても叶わぬ思い。
卒業パーティで行われた断罪。
テレンスはフェレンシアが連れて行かれたというバレスの森へ馬を走らせる。
あそこは魔物が出る森。
フェレンシアを殺すつもりだ。
人から聞いた話では、ベレド王太子は、男爵令嬢マリー・フェレスの腰を抱き寄せて、
「お前は愛しのマリーを虐めていたな。私の婚約者としてふさわしくない。婚約破棄を言い渡す。お前を魔物がはびこるバレスの森へ追放する。喰われて死ぬがいい」
フェレンシアが虐めなんてするはずはない。
心優しい女性なのだ。
ベレド王太子もフェレンシアと同い年の現在18歳。
一年前までテレンスも王立学園に通っていた。
ベレド王太子は学年が一つ上のテレンスのいる教室まで出向いて来て、
「お前は私の言う事を聞く奴隷だ。私の靴を舐めていればいい」
といって取り巻き達に拘束させ、テレンスを床に押し付けて靴を差し出して来る。
王太子の命令だ。
靴を舐めなければならない。
靴を舐めようとしたら、足で頭を踏まれた。
ぐりぐりと踏まれる。
屈辱で頭が真っ白になるが、周りの人たちは誰も助けてくれない。
誰もベレド王太子に歯向かう事が出来ないのだ。
ベレド王太子は太っていた。顔も醜く歪んでいた。
そして性格は最悪で気に入らない人がいると、誰でも殴りつけた。
手に負えない男であったのである。
テレンスも何度も殴られた。
「お前の顔を見るだけで気に食わない。殴らせろ」
勢いよく殴られて頬に痛みが走って廊下に倒れる。
フェレンシアが取り巻きの令嬢達と心配そうにこちらを見つめていた。
フェレンシアには何も出来ない。
自分を庇えば罪に問われるだろう。
ああ、フェレンシア。フェレンシア。
心配させてごめん。
無力な男でごめん。
君の婚約者は私だったのに。
ベレド王太子の母である王妃もふくよかで、それはもうベレド王太子を甘やかしていた。
聞いた話では、フェレンシアに向かって、レリア王妃は、
「可愛いベレドちゃんに気に入られるように努力しなさい。それが婚約者たる貴方の務めよ」
そう言いながら、皿にある菓子をコロコロとした指でつまんで食べる。
イルド国王が、
「レリアよ。ベレドはあまりにも愚かだ。甘やかすのはよくないと思うが」
「煩いわね。帝国のお父様に言い付けるわよ」
帝国から嫁いで来た元皇女であるレリア王妃にイルド国王は頭が上がらなかった。
だから、レリア王妃がベレド王太子を甘やかすのをそれでも、王国の為を思って意見を述べる。だが強く言う事も出来なかった。
そんな国王陛下にはもう一人息子がいた。
テレンスである。
彼の歳はベレド王太子より年上だ。
イルド国王には王太子時代、結婚していた王太子妃がいた。
しかし、帝国のレリア皇女が当時王太子だったイルドの美しさに一目惚れをして、強引に帝国の力を使って横槍を入れてきたのだ。
イルドの妻であった王太子妃だったジリアは殺された。レリア皇女が嫁いでくる前日に突然死したのだ。ベッドで冷たくなっていた。
イルド王太子は悲しんだ。
産まれたばかりの息子テレンスまで殺されてはかなわない。
嫁いで来たレリア皇女に対して頭を下げて、
「どうか、テレンスだけは殺さないでくれ」
レリア皇女は菓子を摘まみながら、
「あら、まるでわたくしが殺したような言い方。わたくし知りませんことよ」
「しかし、あんなに元気だったジリアがっ。ジリアは側妃にしたではないか」
「わたくし、独り占めしたいの。貴方の事を」
そう言って、ベッドの上にイルド王太子は押し倒された。
国王であった父も王妃であった母も大国の皇女に対して文句も何も言えなかったのだ。
テレンスはジリアの実家であるバテル伯爵家に引き取られて育てられた。
幼い頃にバテル伯爵家の領地に、遊びに来ていたフェレンシア。そんなフェレンシアと知り合って、二人で仲良く遊んだあの12歳の夏。
伯爵家の庭を案内してあげて、一緒に冷たい果実水を飲んで沢山話をした。
フェレンシアは、
「わたくし、将来、王国の為に役に立ちたいの。公爵家に育ったのですもの」
「凄いですね。フェレンシア様は。あ、ごめんなさい。アルドレス公爵令嬢様」
「フェレンシアでいいわ。わたくしも貴方の事をテレンスと呼びます」
「フェレンシア」
「テレンス」
二人で庭のベンチに座って沢山話をした。
アルドレス公爵がバテル伯爵と共にやって来て、
「テレンス、うちのフェレンシアと婚約を結んでもいいかね?」
「え?」
フェレンシアと婚約。いいのか?
国王の血を引いている自分が日の当たる所へ出てはいけない。
祖父バテル伯爵を見たら、微笑んで、
「ああ、婚約を結ぶ事にした」
アルドレス公爵は眉を寄せて、
「ジリアは私の初恋だ。そのジリアを殺した女の息子になんぞ我が娘を嫁がせてたまるか。婚約を結ぶ。ジリアの息子と、我が娘の婚約だ。誰にも横槍は入れさせん。今度こそ、ジリアの無念を晴らしてくれよう」
フェレンシアをベレド王太子が望むかもしれない。それでも、先に婚約を自分と結んでしまえば。
アルドレス公爵と祖父が、フェレンシアとの婚約をと言ってくれたのが嬉しかった。
しかし、テレンスが16歳になった時に、王家の命だといって婚約を解消させられた。
アルドレス公爵は王家の申し出に反対した。首を縦にふらなかったら、牢に入れられた。
三か月後に出てくることが出来たが、それはもう酷い目にあったらしく、ベレド王太子と娘フェレンシアとの婚約に反対を唱えなかった。
恐ろしいレリア王妃。そして我儘な息子ベレド王太子。
だから王立学園で、殴られようが蹴られようが、テレンスはされるがままでいるしかなかった。
テレンスが血が繋がった兄だという事をベレド王太子は知っている。
テレンスは母ジリアや父イルド国王に似て美男だ。
しかし、ベレド王太子は自分の母レリア王妃にそっくりで、太っていて醜いのだ。
それもまた、気に食わないのだろう。
「顔がいいだけの男なんて気に食わないんだよ」
そう言って、テレンスはベレド王太子に蹴り飛ばされた。
そんな日常。
卒業式までの辛抱だ。
自分が蹴られて殴られていれば、ベレド王太子は気が済むのだ。
しかし、卒業式の半年前頃からベレド王太子は男爵令嬢マリー・フェレスが気に入って傍に置く事になった。
マリーは桃色の髪の可愛い感じの美人だ。
「ベレド王太子殿下ぁ。ドレスが欲しいの買って」
明らかに金が目当てなのが解る。色々な物を強請った。
ベレド王太子は、嬉しそうに、
「そうか、ドレスが欲しいか。何でも買ってやるぞ」
マリーに貢いだのだ。
そして、卒業パーティで、マリーがフェレンシアに虐められているという言葉を信じたらしく、フェレンシアは馬車に乗せられてバレスの森へ連れて行かれた。
テレンスは馬に乗って追いかけた。
フェレンシアを助けないと。
アルドレス公爵は牢に入れられた事件があってから、廃人のようになってしまい、公爵夫人とフェレンシアの弟が苦労をして公爵家を仕切っていた。
領地の方に二人とも行っていて動く事が出来ない。
他の人達もベレド王太子やレリア王妃が怖くて、助けないだろう。
祖父に迷惑をかけてしまうかもしれない。
でも、フェレンシアと婚約をしていた間、色々な思い出を作った。
一緒に出かけて、王都の端に沈む夕日を見たり、王国の未来を語り合ったりした。
バレスの森の入り口が見えてきた。
フェレンシアは無事だろうか?
フェレンシアを乗せてきた馬車は違う道を行って引き返したのであろう。
すれ違わなかった。
フェレンシア。どこにいる?
バレスの森へ足を踏み入れようとした。
「ここから先は魔物の住処だ。やめたほうがいい」
引き止められた。
振り返ってみると、一人の銀の髪に青い瞳の男性が洒落た服を着て立っていた。
立ち姿も美しくて思わず見とれてしまう。
その青年に向かって、
「フェレンシアがっ。魔物の森に。助けに行かねば。見ませんでしたか?公爵令嬢なのです。彼女は‥‥‥」
「テレンス・バテル伯爵令息。イルド国王陛下の血を引きながら、帝国の皇女、現レリア王妃のせいで、ベレド王太子の奴隷のような扱いに耐えて来た。間違いないか?」
「ええ。間違いありません。貴方は?」
「俺か?俺はヴォルフレッド辺境騎士団情報部長オルディウス。あまりにも境遇が似ていてね。俺の母は俺の目の前で毒杯を飲み干した。俺も某帝国の皇族の血を引いている。アルドレス公爵令嬢は無事だ。こちらで保護した。これから先、どうしたい?」
「ベレド王太子を、レリア王妃を廃したい。私が国王になりたい。あんな連中が王国の上に立ったら地獄だ。でも、帝国に我が王国は敵わない。帝国が推すベレド王太子を廃するなんて難しいだろう」
ふと、思った。
ヴォルフレッド辺境騎士団ってあの、屑の美男をさらって教育することで有名な変…辺境騎士団の事だ。だったら、屑の美男をさらって、いや、美男ではない。ベレド王太子は美男ではないのだ。自分を殴りつけて、フェレンシアを殺そうとした男。
あんなに優しくて素敵なフェレンシア。
「ベレド王太子が国王になったら、我が王国は地獄でしょう。お願いがあります。変…辺境騎士団の情報部長なら可能でしょう」
「なんだ?さらう事は出来ない。獲物は美男にこだわっているからな」
「違います。毒を手に入れてくれませんか?」
「毒?毒殺か?王妃と王太子を。帝国の怒りを買うのでは?」
「病死に見せる毒です。王妃と王太子だけを死なせません。勿論、私も死にます。その毒で。他にも毒で死んでもらいます。伝染する病気に見せかけるために。伝染病なら、仕方ないでしょう。帝国も納得するでしょう」
「イルド国王も殺すつもりか?」
答えられなかった。ただ、伝染病に見せかけるために、一緒に死ぬ人を王宮の中で増やさなくてはならない。
テレンスはオルディウスに、
「フェレンシアの事をお願いします」
そう言って、バレスの森を出た。
ああ、愛しのフェレンシア。王国の未来と君の幸せを私はいつまでも願っているよ。
ベレド王太子殿下がさらわれた。
体格のよいムキムキな男達が、ベレド王太子の身体を馬車に押し込むのを見たと人々が噂した。
「屑の美男、美男が趣味のはずだが?奴らは?」
「そうだな。何であんな醜い男をさらったんだ?」
「まぁあのどうしようもないベレド王太子がいなくなったんだ。我が王国も平和になるな」
と人々は噂した。
テレンスは思った。
オルディウスが助けてくれたんだと。
レリア王妃は息子が変…辺境騎士団にさらわれたと聞いて、発狂した。
「可愛い可愛いベレドちゃんを返してっーーー」
王宮の中をそう言いながら、歩き回ったので、離宮に幽閉された。
帝国は世代も変わって、レリア王妃の兄が帝位を継いで皇帝になっていた。
狂った妹を引き取るのが嫌だったのか、幽閉しても文句も言ってこなかった。
テレンスは後に、王国に帰って来たフェレンシアと再会した。
「フェレンシア。無事でよかった」
「テレンス。会いたかった」
そして、耳元で囁かれた。
「貴方が王太子殿下を?変…辺境騎士団にさらわせたのね?」
「変…辺境騎士団の情報部長が助けてくれたみたいだ」
「そうなの。もし、助けてくれなかったら?」
そう、自分は死んでいた。だから変…辺境騎士団に感謝をした。
アルドレス公爵家に行き、婚約を申し込んだ。
二日後の事だ。
アルドレス公爵は、廃人のようだったが、事の次第を公爵夫人から聞いて、回復していた。
張り切って、娘を冤罪に陥れたマリー・フェレスの男爵家を圧力をかけて潰して、マリーを修道院へ押し込んだ。命を取らなかっただけでも感謝しろと高笑いしながら。
「有難い事だな。あのベレド王太子がいなくなった。再び、我が娘フェレンシアと婚約してくれないか」
共に来た祖父バテル伯爵も頷いて、
「勿論、受けるつもりです」
テレンスも、
「有難い申し出です。フェレンシアはどこに?」
「娘は庭にいる」
庭に出てフェレンシアを探した。
フェレンシアは真っ赤な薔薇の花を一輪持って、薔薇園の中央に立っていた。
テレンスが来たら振り向いた。
持って来た赤の薔薇の花束を差し出してテレンスは、
「私が新たに王太子になることになった。傍にいてほしい。フェレンシア。どうか、婚約を結んで欲しい」
フェレンシアは眉を下げて、
「わたくしは貴方が痛めつけられていた時に何も出来なかった。見ている事しか出来なかった。庇う事も出来なかった」
「それは仕方ない事だ。婚約に反対した君の父上は牢に入れられたんだろう?酷い目にあったんだろう?私を庇ったら君まで酷い目にあったのだから」
「でも、魔物の森へ連れていかれたわ。殺されかけた。貴方は危険を顧みず助けにきてくれたわ。そして死のうとした。王国の為に毒を手に入れて」
「父であるイルド国王陛下に話をしたよ。謝られた。今までの事を。私は王族に産まれた。
これからも、この王国の為に命をかけようと思う。フェレンシア。君に力になって欲しい」
フェレンシアは首を振った。
「わたくしは無力なのです。何も出来ない女なのです。だから、この話はなかったことに」
「私だって無力だ。変…辺境騎士団が助けてくれなかったら、今頃死んでいたのだから。お願いだ。力になって欲しい。無力な私の力になって欲しい。フェレンシア。君でなくては嫌だ。愛している。出会った時からずっとずっと愛しているんだ」
フェレンシアを抱き締めた。
自分の腕の中でフェレンシアは涙を流しながら頷いてくれた。
再びフェレンシアと婚約を結んだ。
愛しいフェレンシア。
隣でフェレンシアが笑っている毎日が幸せで。
テレンスは国王の血を引いているとの事で、王国の王太子になった。
フェレンシアと婚約をし、もうすぐ結婚することが決まっている。
王族としての勉強も忙しい中、
結婚式の準備をする日々。なんとも幸せだ。
今日も感謝をする。
変…辺境騎士団に。
愛しいフェレンシアと共にいられるのは変…辺境騎士団のお陰だ。
フェレンシアが結婚式で着るドレスの試着をするから来てくれと。
メイドが呼びに来た。
すぐに行くと返答をし、ふと、
王宮のテラスから空を眺める。
今日も変…辺境騎士団はどこかで活躍をしているのだろう。
秋の高い青空を見つめて、今ある幸せを噛み締めるテレンスであった。
その頃、変…辺境騎士団では
「ああ、こんな不細工な屑なんていらんぞ」
「今回はオルディウスの依頼だったからな」
「捨てるか?」
「そうだな。バレスの森へ捨ててこよう」