My emotion
「あらあら、どうしたの?どうしてそんなに泣いてるの?」
「どうしてずっと黙ってるの?何かあったの?」
幼いころからよくこんなことを聞かれて生きてきた。しかし私は何も答えられなかった。話し出すことすらできなかった。そうやって聞かれても私には何一つ分からなかったのだから。
「あの子は人の質問を無視するのよ。」
「どんなに聞いても一言も話さないからきっと病気なのね。」
陰口を叩かれたって仕方がないと私は割り切っていた。悪いのは誰でもない、私自身だから。私はいつも何も言えなくなる自分自身が醜くて醜くてたまらなかった。別に難しいことを聞かれているわけでもないのにどうして何も言えなくなってしまうんだろう。しかし実をいうと、私はちゃんと分かってたんだ。私が黙ってしまう本当の理由を。
あれは私が中学3年生のときのことだった。季節は冬で、受験期真っ最中で楽しいことはほとんどなかった。私は勉強なんてする気力も湧かず、家の近くの私立の高校に行ければいいと適当に時間を過ごしていた。ある日、いつものように家への道をとぼとぼ歩いていると、後ろから奨励かばんを勢いよく叩かれた。バランスを崩しかけて転びそうになると、後ろから笑い声が聞こえた。振り向くと、そこには同じクラスの高木がいた。クラス一のやんちゃ坊主で関わると面倒な奴だ。いつもは私なんか眼中にないはずなのに急にどうしたのだろう。
私がただただ彼を見ていると、彼は坊主頭をポリポリ搔きながら睨んできた。
「佐藤って、なんか嫌な奴だよな。」
突然彼から非難の言葉を浴びせられ、私はきょとんとした。すると彼は私に近づいてさらに言葉を続けた。
「何されても泣かないし怒らないし笑わないし。ロボットみたいで嫌なんだよ。気味悪いんだよ。」
私は彼の言葉にうつむいて「ごめん。」と謝ると、彼は足をバタバタさせて声を荒げた。
「は?なんで謝んの?そんなことされたら、俺が悪いやつみたいじゃん。」
「いや、そういうことじゃなくて。私が気味悪いことで嫌な思いさせてると思ったから。」
私が虫のような声で言うと、彼は大きくため息をついた。
「自分に酔ってやがる。」
「…え?」
「どんだけ自分が注目されてると思ってんの?そんなにお前のこと見ながら毎日過ごしてねえし。」
「じゃあ、高木くんはなんて言ってほしかったの?」
私が聞くと、彼は私の目をまっすぐに見据えて言った。
「それは俺には分からない。だって俺は佐藤の気持ちが聞きたかったから。」
彼の言葉を聞いた瞬間、私の身体に電撃が走ったような、そんな感覚に陥った。なぜだろう、私の目は涙でいっぱいになっていた。彼はつぶらな瞳をまん丸にして私を凝視した。
「佐藤が…佐藤が泣いてる!」
「私、私ほんとに分からないんだ。」
しゃくり上げながらも私は自然に口を開いて話を続けた。
「自分の気持ちが分からないの。なんでって聞かれてもいつも答えられなくて全然話せなくて。自分の感情を読めなくてずっと苦しかった。だからもういっそ感情を失くしてしまおうと思って努力してきた。どんな時も一定にして変えなければ自分の気持ちが分からなくても大丈夫だって。」
「佐藤。」
彼は私の名前をはっきり呼んだ。私は涙を拭いながら彼を見る。
「これからはいいんじゃない?そんなに考え込まなくても。だって佐藤は、もう十分頑張ってきたんだから。」
私が彼の言葉に何も返せずにいると、彼は今までに見たことのない優しい瞳を見せた。
「自分の感情に蓋をしすぎちゃ絶対にダメだって。そんなことしてたらいつか爆発して消化不良になっちゃうだけだし。俺を見習えよ。俺はいつも感情のままにしか動いてないんだからさ。」
「いつも感情のままって…。それはそれで極端だと思うけどね。」
私が思わず笑ってしまうと、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
「佐藤の笑った顔、最高にいいじゃん。俺、佐藤の笑顔好きだよ。」
何だか恥ずかしくてたまらないが、私は「ありがとう。」と素直にお礼を言った。彼は少し頬を赤らめながら頭を掻く。彼のぎこちない様子には愛嬌があるように感じた。
「自分の心の声を大切にしろよ、佐藤。そうすればきっと自分の気持ちとも向き合えるんだよ。」
「高木くん、何だか先生みたいだね。」
「な、何言ってんだよ!俺は佐藤に伝えたいことをただ伝えてるだけだぞ。」
彼と話していると自然と笑顔になれて私の心はすっかり晴れていた。悲しんだ過去も辛かった過去も苦しかった過去もすべてが意味のあるものだったと思えて、私の気持ちに光が差し込んだ気がする。彼との帰り道はいつもの道と全く違うような特別なものになるのだった。
完
みなさま、自分の感情を抑え込んで抑え込んで過ごしていませんか?
本当は怒りたいけど、本当は泣きたいけど…。本当は嫌だけど、本当は言いたいけど…。
自分の感情を抑え込むことが当たり前になってしまうと、いつか必ずシワ寄せが来て爆発しちゃいます。
だからどうか自分の本当の声を聞き逃さないで、本当の気持ちを無視しないでみなさまに生きていってほしいと私は心から願っています。