◆第7話「幽灯市場と毒蜂の王」
夜の幽灯市場は、鬼火提灯の群れが甘い柑橘の煙を吐き、香辛料と汗が混じる熱気で肺を灼る。
人波に揉まれながらも、私は雷雅と虎啼 朔月の腕を左右で繋ぎ、迷子防止と称して恋の縄張りを主張していた。
「蓮火、握り過ぎだ」
「混雑料だよ」
からかうと、雷雅の耳朶が朱に染まる。朔月は尻尾を揺らして嬉々と笑った。
目的は《薬帝蓮》の密売ルートを辿ること。闇の胤は毒蜂盗賊団の王、ベンガル=アークライトらしい。
私は屋台で蜂蜜西瓜を試食しつつ、背後の視線を探る。
「――ついて来い」
低いハスキーボイス。振り向けば、仮面の少女が人混みの向こうで手招いた。
石畳を縫い裏路地に入ると、湿った土壁の奥に密造工房。蜂針のような苦香が鼻を刺す。
檻の中央で紫水晶の檻に薬帝蓮の苗が囚われていた。
「甘い薬草は、甘い金になる」
現れたベンガルは琥珀の瞳を細め、毒針の杖を回す。
雷雅が一歩前へ。背痕の雷神太鼓が発光し、空気が鉄を焼く匂いに染まる。
朔月は細腰をしならせ剣を抜き、私は薬草粉を指先で砕いた。
「三秒だけ目を閉じて」
私の囁きに二人は瞬きで従い、爆ぜた粉末が甘い眩暈を誘発する。
次の鼓動、《連雷燈火陣》が展開、雷と焔と斬撃が三叉の光となって弾けた。
しかしベンガルは笑う。
「雷も炎も蜂に敵うか?」
無数の毒蜂が檻から放たれ、私たちへ殺到。針先から甘く腐った毒液が飛沫に変わる。
「蓮火!」
雷雅が私を抱え回転。稲妻の盾が蜂を焼き、朔月が刃で旋風を起こす。
背中に感じる彼の体温と鼓動。「守る」と言う代わりに腕が締まる。胸が苦しいほど温かい。
私は火輪を限界まで開き、蜂蜜の甘香で充満した空気を点火。轟音と共に炎柱が上がり、毒蜂は灰となって散った。
ベンガルの頬を一筋の雷が裂き、彼は舌打ちして闇へ退いた。
残ったのは紫水晶の檻。
「鍵がない」
「砕けばいい」雷雅が拳を構える。
私は首を振り、彼の拳をそっと包んだ。
「壊すより、救う方法で」
柔らかな火を灯し水晶を温め、内部と外気の温度差で自然に割る――薬帝蓮を傷つけぬよう慎重に。
檻が花びらのように開き、金色の花芯が微光を撒く。
「やるな」
囁く雷雅の声が耳朶を撫で、朔月の尻尾が嬉しげに私の腰へ巻きつく。
「おっと嫉妬雷注意」
目を剥く雷雅。私は二人の手を重ね合わせ、花の香を吸い込んだ。
――夜市の喧噪が遠ざかり、三つの鼓動だけが絡み合う。
(第7話 了)