◆第6話「氷雨と焔の対話」
砂漠の東端、氷霧峡谷では昼でも氷晶が舞う。冷気が喉を刺し、私は震えを堪えながら歩く。
突然、降るような歌声。白銀の巫子、キティア=フロストへルムが氷柱の上に立っていた。
「凍てついた焔……珍らしい」
彼女が指を弾くと、空気中の水分が瞬時に凍り、私たちを雪菓のドームへ閉じ込める。
雷雅と朔月が武器を構える前に、私は一歩進み、震える声で語りかけた。
「薬帝蓮を“凍結保存”した標本が必要なの。あなたの氷技なら――」
キティアは瞳を覗き込み、くすりと笑う。
「取引ね。なら、まず味見」
指で作られた氷の蓮がほどけ、淡青の花弁が口元へ運ばれる。私は迷わず齧った。舌先が凍り、甘露のような冷気が肺へ染み込む。
「……美味しい。だけど胸が冷たくなる」
「炎の巫女が震える姿、綺麗よ」
キティアの細い指が私の頬をなぞり、吐息が氷華の匂いをまとって触れる。
雷雅が叫ぶ。
「離れろ!」
振り払うように稲妻が走り、氷ドームが割れる。砕けた氷片が虹を作り落ちる中、キティアは肩を竦めた。
「嫉妬? 可愛いわね」
朔月が茶化すように私の背へ回り囁く。
「雷が焦げてるよ」
私は苦笑しながら三人の中心に立つ。
「喧嘩は後で。氷と炎で薬を守るなら、手を取り合うしかないでしょ?」
差し出した手にキティアの冷たい掌、雷雅の熱い掌、朔月のしなやかな掌が重なる。
四つの温度が溶け合い、小さな霧が立ち上った。
「研究所代わりに私の氷宮を貸すわ。条件は――立ち入りは“恋人同伴”」
「え!?」
私の狼狽えに、氷の巫子は涼しく微笑む。朔月が嬉々として手を挙げ、雷雅は真っ赤に黙りこむ。
氷雨の峡谷に、恋の火花が連鎖反応を起こし始めていた。
(第6話 了)