◆第5話「猫虎に跪く剣士」
高原を越え金砂砂漠に足を踏み入れると、熱風が焙煎唐辛子の匂いを運ぶ。汗で張り付く衣を払った瞬間、疾い影が砂を切り裂いた。
「火薬の神子を斬り取れば賞金百金――悪くないな」
金毛をなびかせる猫虎族の剣士、虎啼 朔月。縞柄の尻尾が弓なりに反り、琥珀眼が愉快げに細まる。
朔月の一撃は砂塵を旋風に変え、私は目を焼かれ咳き込む。雷雅が前へ躍り出る。
「蓮火に触れるな!」
拳から放たれた雷閃が猫の反射神経を試すように迸る。私は火輪で空気を熱膨張させ、爆風で朔月の足場を奪った。
砂柱が崩れ落ちると、朔月は屈んで膝を着き、剣を差し出して頭を垂れた。
「完敗だ。――よって、この命と刃を貴女に捧げる」
言葉は儀礼なのに声色は半ば恋慕。途端、雷雅のこめかみで稲妻が爆ぜた。
「勝手に誓うな!」
「僕と君とで彼女を守れば三倍強い。問題ある?」
「倍数の話じゃねぇ!」
怒号と猫のしっぽが絡む砂漠の真ん中で、私は二人の間に割り込み両手を繋いだ。
「喧嘩するなら皆でご飯作ろ。旅は胃袋から一致団結!」
私の提案に朔月は尻尾を揺らし、雷雅は鼻を鳴らした。
夜、満天の星の下で三人は輪になり、香辛料と薬帝蓮を利かせた砂鍋を囲む。
朔月は私に湯煙越しのウインクを投げ、雷雅は鍋奉行のふりで私の椀に具を盛る。
砂漠の夜は冷えるのに、胸の温度だけは上がりっぱなしだった。
(第5話 了)