◆第36話「第零刻の上書き――共有心臓の宣言」
《時脈管》の最深部――封印時計の胎盤。壁一面に、心電図のような光の線が刻まれていた。私は判決剣を借り、右掌の火輪に重ねて掲げる。剣は刃であり、ペンであり、心臓の鼓動を写すストロボだった。
「第零刻の上書き(再番号付け)を宣言する。
これまでの基底条と補遺を統合し
以下を“上書条(Ver.鼓動1.0)”として刻む」
燈真が頷き、銀夜が刃を剣へ触れ、朔月の尾が拍を打ち、キティアの氷杖が剣身に薄氷を纏わせ、サーヴァルが幻影で宣言文を千の壁へ同時投影する。雷雅は雷の代わりに、拍を配る。祈継が端末から《時脈管》のコアへ式を流し込み、共同署名の光が剣を走った。
――〈第零刻 上書条〉(Ver.鼓動1.0)
第1条(再定義):愛は、世界ひとつぶんを動かすのに二人では足りない。ゆえに共有回路を用意する。
第2条(自由拍動):共有回路は個の自由拍動を侵食してはならない。合奏は独奏を消さない。
第3条(忘却と再記憶):忘却は配分の最短経路である。しかし、共有による再記憶を優先できる場合、忘却は義務ではない。
第4条(計量と増幅の義務):恋を計量する装置は、増幅回路を同時に実装しなければならない。
第5条(三焦点禁忌の限定):三焦点の禁忌は**“個”に限る。〈共有心臓〉は群れの一焦点**であり、禁忌に抵触しない。
第6条(更新手続):法は終わらない。**拍動に合わせ“随時更新”**される。
――ここで、残滓は完全に断たれる。“誰かが来なければ”ではない。来るのは拍であり、拍に合わせ法を更新する私たちだ。
宣言の瞬間、《時脈管》の針が、第六刻へ静かに滑った。第五刻の嘆きは、過去形になった。
「……進んだ」
私は泣きながら笑った。雷雅が笑いながら泣いた。銀夜は静かに「満月以外に刃を握る理由が、やっと腹の底で固まった」と呟き、朔月は尻尾で“忠義と恋の両立”をリズムにして打ち、キティアは氷花を打ち上げて虹を作り、サーヴァルは幻影の紙吹雪で子どもたちの心拍を一瞬だけ加速させた。
祈継は「冷却係数、まだ最適化できる」と笑って、その場に崩れ落ち、私は反射的に抱き留める。燈真は剣を鞘に納め、「法は拍で刻む。君たちがずれたら、また法を斬り直す」と言い残して歩き去った。
地上に戻ると、霊泉都の空は薄紅の黎明。蒸気管は静かな動脈のように呼吸し、街角の拍動計は“通常値”へ戻っている――が、その“通常”は、昨日までの“異常”より温かい。
私は胸の火輪を撫で、雷雅の手を握る。
「終焉は来ない。でも、次の章は来る」
「来たら、また上書きすればいい。拍に合わせて」
薬帝蓮の新芽が、光に触れてまた一つ鼓動を刻んだ。世界は救われた。方法も救われた。
――だから私は、怖いほど生きている。
(第36話 了)
ここまで読んでくださってありがとうございます!
この物語の1年前、蓮火がまだ“神子”でも“転生者”でもなかった頃――
どこにでもいる普通(?)の高校生だった彼女が、停学処分をくらって大騒ぎする
ちょっとビリビリでラブ過剰な青春エピソードを別作品として描いています。
▼Talesにて公開中▼
『臨界ラブ200kA!-停学解除は“公開キス実験”で!?-』
https://tales.note.com/noveng_musiq/wuy1ryyr1hdjn
──“恋は回路を焼き切るのか、それとも通電するのか”
実験系女子と発火系男子の、放課後ビートな実験恋愛コメディです。
本編とはテイストは違いますが、蓮火の違った一面や、彼女が雷雅たちと出会う前の
ちょっとだけ切なくて、ちょっとだけ笑える物語となっています。
よければそちらも覗いてみてくださいね。