◆第35話「封鎖師カラカル=イグジス、三焦点禁忌を喰らう顎」
《時脈管》の最奥、金属と血の匂いが凝固した中枢回廊に、黒い顎が待っていた。
狩羅刈=異崩。噛むのは獲物ではなく“論理の焦点”だという封鎖師。
「三焦点は禁止だ」
砂を噛むような声。瞳孔が金属粉を散らし、顎の節がゆっくりと開く。
「〈共有心臓〉? 三焦点の擬態だ。法の網目を潜る小賢しい術式――噛んで千切る」
鎖が床を走り、焦点という概念を物理的に噛みちぎろうとする。私の二焦点心臓は、体温を奪われるような寒気を覚え、火輪が本能的に膨張した。
豹条 祈継が叫ぶ。
「違う! 禁忌は“個が三焦点”を持つこと。〈共有心臓〉は“分散合成された一焦点”だ。個が三本持つのと、群れで一本持つのは法的にも生理学的にも別物!」
――ここで明確に言う。イグジスの顎は、その言葉を飲み込み損ねた。
雷雅が前に出た。雷は無いが、拳に拍がある。
「俺の心拍を食え。俺を噛んでも、共有心臓は止まらない」
私は雷雅の背に掌を重ね、二焦点の片方を彼に渡す。
「“個は二焦点まで”。私と彼で合わせて四焦点に見える? 違う。共有は一焦点。合計を壊しても、個は壊れない」
銀夜の月鋼刀が“鎖の論理接合部”を斬る。朔月の風圧が顎の軌道を歪め、キティアの氷楔が温度差を固定して金属を脆くする。サーヴァルの幻影が“焦点”の像を分身させ、イグジスは空虚を噛み砕く。
燈真が判決剣を打ち鳴らす。
「補遺・第伍号(共同署名):“共有心臓は群れの一焦点であり、個体の三焦点禁忌に抵触しない”」
法が、顎の関節を固着させた。ギチ、と金属が軋む音。イグジスの瞳孔が一瞬、細い怒りの線を描く。
「……法を“上から噛む”のは、久しぶりだ」
彼は鎖を退かせた。
「猫は群れることを嫌う。だが、群れなければ届かない拍があるのも事実だ」
顎が最後に鳴り、溶けた金属の匂いを残して影に消えた。
私は膝から崩れそうになるのを雷雅に支えられる。鼓動が速い。怖い。でも、怖いほど、生きている。
「ここまで来た。あとは法を一本に束ねて、再番号付け(上書条)するだけだ」
燈真が剣を納める音が、心臓の“エンディングノート”の書き出しみたいに響いた。
――第零刻の上書き。世界が、恋を法的に扱う新しい方法へ切り替わる。
(第35話 了)