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世界を救う?それともモテ過ぎて滅びる?-ただ今イケメン渋滞中!-  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 恋と再点火と、〈第零刻〉の亡霊
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◆第30話「猫虎族の家督試験、朔月は尻尾で嘘を斬る」

 砂と湯気の境界。猫虎族の天幕は、砂漠の色と霊泉都の蒸気の白を混ぜたような薄金色で、風が吹くたびに砂糖菓子の飴細工みたいな音を立てた。虎啼(こなき) 朔月(さつき)が呼び戻されたのは、家督試験のため――“恋か忠義か、どちらかを選べ”と。

 「両方だろ、普通」

 朔月は笑い、尻尾で私の腰に輪を作る。

 族長――虎瀞(こたまり) 錫羅(しゃくら)は、琥珀の瞳を細め、低く言う。

 「忠義は一方向。恋は多方向。猫は多方向を嫌う」

 「猫は自由を愛す。――自由に一方向へ尽くしたって、いいじゃん」

 朔月は肩をすくめ、笑顔の裏で瞳孔を細める。戦いの顔だ。


 試験は“嘘斬り”。巨大な水鏡が天幕の中央に置かれ、心臓の波形を映し出す。族長が問いを投げ、朔月は尾で水面を裂き、“嘘の波形”だけを切り離すのだという。

 族長:「恋を配るなんて、嘘だ」

 朔月の尾が、風刃の音を立てる。配分された恋の波形は、細いが深い。尾先が“浅く広い波”だけを切り裂き、飛沫が蒸気に変わる。

 「“薄めた恋”は嘘。でも“共有して戻す恋”は、真」

 族長の眉がわずかに動く。

 「忠義と恋は両立する、これも嘘だ」

 尾が再び唸り、今度は二つの波形が絡み合って、別々の周期でありながら同じ拍で打つ図形を切り取る。

 「両立は“同時に同じ方向を見る”って意味じゃない。“違う方向を見て、同じ拍を刻む”ことだよ」


 最後の問いは、私の名を含んでいた。

 族長:「草薙蓮火への恋は、一生続くのか?」

 水鏡が複雑に揺れた。波形は揺らいで、しかし底の温度だけが変わらない。朔月の尾が一瞬止まり、彼がこちらを見る。尻尾の輪が、私の腰で少しだけ強く締まる。

 「続ける。形が変わっても、温度は続く」

 斬撃。水鏡は粉々にならず、“真”だけを残した。波形は細く、強い線になって底へ沈む。


 族長はしばらく沈黙し、やがてため息をついた。

 「嘘を斬る尾を持つ者に、家督を与える。……だが、尾を縛るな。自由であれ」

 朔月はくるりと尻尾を回し、私の耳元に唇を寄せる。

 「自由に、君へ忠義を尽くす」

 遠く、霊泉都の方向で、判決剣の音がテンポを刻んだ気がした。法は拍で刻まれ、忠義も恋も、その拍に合わせて形を変えられる。

 雷雅の雷は戻らない。銀夜は孤独の刃を捨てる準備をし、キティアは氷の研究を共有心臓に降ろす覚悟を整え、祈継は黒曜石の指を震わせながら冷却係数を計算し、サーヴァルは“塔の条文違反”を盗んでくる企みを整えている。

 私は――私の二焦点心臓は、今日も“世界側”と“彼側”に均等ではなく、揺れながら配分している。揺れることを恥じない。揺れがあるから、拍は続く。


 天幕を出ると、砂と湯気の境界に、新しく張られた蒸気の弦が細く震えていた。誰かが“共有心臓の前奏曲”を、もう始めている。

 「行こう」

 雷雅が言う。

 「うん。次は、方法を“上書き”する番だ」


(第30話 了)

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