◆第3話「約束の薬帝蓮」
毒霧の晴れた村は祝祭一色。
夜空を焦がす篝火と香草の匂いに、私の胸は甘く疼く――だって初めて“好きな人”と手を繋いで踊るチャンスなのだ。
「踊り子は男女一対で輪を作る」
村娘が雷雅の腕を引く。
「えっ、いや俺は──」
赤面して固まる彼を見て、私の鼓動は爆ぜた。
「雷雅、踊ろ?」
差し出した手は汗で震える。
彼は一拍遅れて私の手を取った。指が絡む、脈が混ざる。
太鼓のリズムに合わせ、彼に腰を支えられ回転した瞬間、三つ編みが彼の頬を撫でる。
「髪、いい匂い」
「え、ええ!?」
可燃性の照れで顔が燃える。彼も耳まで赤くなり、目を逸らした。
踊りの輪が解け、私は祭壇へ薬帝蓮の聖種子を捧げに行く。
「世界で一番綺麗に咲かせよう」
そう誓った瞬間、闇から黒い矢が飛来し鉢を砕いた。
仮面の少女。
鋭い瞳が一瞬、私と雷雅を見比べ、口角を歪める。
「愛って甘いわよね。毒より甘い」
──挑発。
雷雅の手が私の肩を引き寄せる。胸に当たる心音が銃声みたいに速い。
「行かせるか!」
稲妻が走り、私は彼の腕の中で火輪を展開。
追跡劇。一歩ごとに彼の手が私の腰を支え、私は彼の背に腕を回す。
森の闇で仮面を追い詰めたとき、私たちは汗と息を共有していた。
「種子を返して」
「恋に溺れる巫女と雷の子か。お似合いね」
仮面は短剣を向け、私の喉元へ。
雷雅の瞳孔が稲妻形に細まり、私を護るため踏み込む。
その瞬間、私は仮面の少女の手首を取った。
「痛みを知ってる目だね。奪わなくても、助け合えばいい」
少女の瞳が揺れ、一刹那、私の胸に孤独が流れ込む。
雷雅が剣を弾き飛ばし、仮面は退いた。
――けれど刺さったのは恋の棘。
私と雷雅は互いの傷を確かめ合うように抱き合い、耳元で囁いた。
「種子、守れた」
「お前も、な」
抱擁の中、火と雷が静かに溶け合う。
翌朝。新芽を抱いた薬帝蓮の鉢を見守りながら、私は彼におにぎりを差し出す。
「やっと二人きりの朝ご飯」
「……俺、手震えて包めなかったけど」
「私も握るとき指が痺れた。君の雷のせいかな」
軽口を叩きつつ、唇が触れそうな距離で笑い合う。
遠くで翠霧の鐘が鳴る。
私の人生は二度目の夜明けを迎えた。
胸の火輪が熱を増し、彼の掌の痺れが甘く響く。
――これは毒じゃない。確かな恋の予兆。
(第3話 了)