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世界を救う?それともモテ過ぎて滅びる?-ただ今イケメン渋滞中!-  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 恋と再点火と、〈第零刻〉の亡霊
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◆第29話「雷を失った雷雅、私は匂いで彼を探す」

 朝、彼の背中で稲妻が消えた音がした。音、というより、空気の輪郭が一瞬凹んだ。雷雅の雷鼓紋が沈黙し、彼の金瞳が自分の拳を見下ろす。

 「……感電してない」

 「雷が、出てない」

 祈継が駆け込んできて、黒曜石の義指で雷鼓紋に触れる。

 「奪雷症(だつらいしょう)だ。……16話の時の鎖術は“術式の檻”として雷を縛った。でも今回は、檻そのものが神経へ噛み付いた痕跡だけ残して、雷だけが君を離れた。抜けた歯の形に、痛みだけが残る」


 笑ってごまかそうとする雷雅の頬の筋肉は、雷が流れていた頃と別の音階で震えた。私は耳を澄ませる。稲妻のオゾンの匂いがしない。代わりに、汗と土と火薬と、わずかな花蜜――彼を構成する残り全部の匂いが、くっきり浮かび上がる。

 「雷がなくても、君は君だよ」

 自分の声が震えていると気づいて、逆に落ち着いた。震えることを認めれば、震えは“私の拍動”になる。


 「雷を失った指揮者」を選ぶ時間は、くれなかった。白夜機関の残党が、《時脈管》から奪った歯車を取り返しにくる。共有心臓(コモン・ハート)への道を作るには、法だけでなく“欠けを埋める機構部品”が要る。

 祈継が差し出したのは、拍動器(はくどうき)と呼ばれる手首巻き。

 「君の鼓動を武器化する。殴れば相手の心拍を乱調できる。雷が無くても、ビートは奪える」

 雷雅は頷き、拍動器を巻く。彼の鼓動が私の二焦点心臓に重なって、ひとつの“リズム”がふたつの身体に配られる。

 「行こう」

 「うん。匂いで追う」


 戦いは匂いで分かった。鉄錆、硫黄、焦げた蜜柑皮。私は火輪で空気を熱膨張させ、爆風で敵の足場を奪う。銀夜の蒼刃が“論理接合部”を斬り、朔月の風圧が肺活量を奪い、キティアの氷膜が温度を凍結し、サーヴァルの幻影が心電図を逆走させる。雷雅は雷の代わりに、拳で鼓動を狂わせ、敵の戦術同期を崩壊させた。


 私は――限界を一度踏み越えた。共有心臓のプロトタイプもない今、二焦点の火輪を“三方向”へ分けようとしたのだ。世界・敵・雷雅。途端、胸が裂け、視界が白く弾けた。三焦点禁忌。

 「蓮火!」

 雷雅が抱きかかえる。雷のない電流――鼓動の震えそのものが、私の火輪を収束させる。

 「三本は持つな。俺が受け持つ」

 「雷、ないのに」

 「雷がなくても、心臓はある」

 涙が出た。落ちてくる涙の温度が、いつもより少し低い。――外心臓の診療棟で感じた、金属と体温の中間の温度に似ていた。


 戦いは勝った。歯車は取り戻した。けれど、雷雅の雷は戻らない。祈継は首を振る。

 「戻す方法は、共有心臓を立ち上げた後で逆流させるしかない。個人で三焦点を持つのは禁忌だ。群れで一焦点を作る工程を先にやる」

 雷を失った彼は、次の工程で指揮者になる。

 「俺がみんなのビートを配る。――“雷雅”の雷は、世界に出張中ってことにしようぜ」

 私は笑って頷いた。彼の匂いは、まだそこにある。雷のオゾンが消えても、恋の火薬は消えない。


(第29話 了)

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