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世界を救う?それともモテ過ぎて滅びる?-ただ今イケメン渋滞中!-  作者: NOVENG MUSiQ
第3章 恋と再点火と、〈第零刻〉の亡霊
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◆第28話「恋を外付けにする器官――〈外心臓〉の倫理」

 霊泉都の北街区は、戦後の仮設診療棟が蒸気管の上に縫い合わされた、いびつなパッチワークみたいな風景になっていた。湯の白い息が縫い目から漏れ、硫香と薬草の匂いが層を作る。そこに並ぶベッドの少年も、老いた踊り子も、胸元に薄い金属の輪を縫い付けられていた。――〈外心臓〉。豹条(ひょうじょう) 祈継(きつぐ)が“二焦点化に耐えられない心臓”のために急造した、拍動の補助器官だ。


 「恋を義肢化するなんて」と、誰かが呟く。

 その音は、私の胸の二焦点心臓の“世界側”の焦点を刺した。恋は内なる爆薬であり、甘い火薬であり、触れた指の温度で増えていく――そう信じて再点火した私には、金属に置き換えるという響きが、一瞬だけ喉を固くしたのだ。


 けれど、ベッドの少女は笑っていた。

 「外心臓は氷みたいに冷たいけど、ね、これがあると“好き”って言う時に息が切れないの」

 小さな胸の上で、薄桃色に光る拍動値。祈継の黒曜石の義指が微かに震える。


 「法(第零刻)を更新する補遺(ほい)が要る。“恋の補助器官の装着は自由。ただし、いつでも外せる自由も保証される”」

 獅峯(しほう) 燈真(とうま)は判決剣を横に構え、刃ではなくテンポで応える。

 「補遺第二号として採択する。――恋を殺さないための機械は、許される」


 と、その宣言に合わせて、天窓が銀色の雨で砕けた。鎖だ。

 「〈銀鎖結社〉、封鎖師団!」

 雷雅が叫び、背の雷鼓紋が反射的に発光する。

 黒ローブが降り立つ。

 「恋を器械に縫うのは冒涜。第零刻の基底条には書かれていない」

 「だから補遺を刻むんだよ」

 私は火輪を展開し、鎖の刻印に火粉を送り込む。金属は蜜柑湯を焦がしたみたいな甘い煙を吐き、赤熱する。だが鎖は“冷却”されて再生――術式自体が温度差をエネルギー源に変える設計らしい。

 「温度で切れないなら、“論理”で切る」

 銀夜が蒼刃を縦に滑らせ、鎖の“結節点”を断ち割る。朔月が尻尾で患者を抱え、風圧で一気に廊下の奥へ運び、サーヴァルが外心臓の“偽物”を幻影で撒き、鎖を虚空へと誘導する。キティアは氷膜を張り、金属の熱疲労を瞬時に増幅させて亀裂を生んだ。


 燈真が審決を打つ。

 「補遺第二号、効力発動。“恋の補助器官は、恋を奪わず補助するものである限り保護される”。――鎖を引けば、君たちが法を違えることになる」

 黒ローブたちは、いっせいに顎を引いた。法に縛られるのは、炎や雷だけじゃない。鎖もまた、法に縛られる。

 彼らが退いた後、祈継はふっと崩れ落ちるように椅子へ座り込み、私へ笑いかけた。

 「恋を分配するって“配線”の話に見えて、倫理の再配分なんだよ」

 私は外心臓の冷たい輪をそっと指先で撫でた。金属の冷たさの奥には、確かに体温が宿っている。――恋は内臓だけにあるんじゃない。触れるものすべてに、拍動は広がり得る。


 その夜、仮設棟の天井裏を走る蒸気管が、まるで巨大な心臓の血管みたいに鳴っていた。私は二焦点のうち“世界側”の焦点を少しだけ絞り、ベッドの少女の拍動が落ち着くのを待ってから、雷雅の手を探した。

 「機械に託すのが怖い?」

 「怖い。でも、怖いほど生きてる」

 彼の雷はまだ生きていた。けれど、うっすらと――うっすらとだけ――金属の冷たさが彼の掌に移っている気がした。後で、それが前兆だったのだと悟ることになる。


(第28話 了)

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