◆第23話「封印時計、第五刻の嘆き」
制御盤の破壊で封印時計の歯車は一瞬凍結した――はずだった。だが地下の“時脈管”に残った霊圧が逆流し、時計塔の針は黒炎を噴き上げながら狂喜乱舞。十二刻目前から一挙に逆転し、第五刻で速度を止めた。
「戻った?」朔月が首を傾げる。
キティアは結晶盤を覗き込み、「過負荷で歯車が欠損。《破損領域》を飛ばして再始動しただけ」と低く告げた。
――終焉は先延ばし、だが猶予はない。針が歯車を欠いた分、動くたび世界は血を吐く。
崩壊しかけた街を私は走った。石畳は裂け、温泉管から噴湯が天へ達する。湯気は赤錆の匂いで重く、夜空は黒雲に呑まれ月を失った。
負傷した市民が路地に溢れ、銀夜は治療剣舞で瓦礫を斬り払い、朔月が匂いで生き埋めを探し、サーヴァルは幻影で崩落の恐怖を麻痺させた。私は火輪で湯を蒸散し、雷雅が電流で非常灯をともす。
だが救えなかった命もあった。抱き上げた少年の瞳から光が抜け、指から熱が消える感触は掌に焼き付き離れない。震えで火輪が歪み、胸が裂けそうだ。
「蓮火」雷雅が背後から抱き締める。掌に稲妻の痺れ。「全部は救えない。でも、まだ救える人がいる」
私は弱々しく頷き、涙で霞む視界の奥に薬帝蓮の淡紅を見た。
封印時計塔の麓。鐘楼は黒炎で化石のように煤け、針は第五刻を示したまま脈打つ。
「あと七刻。けれど歯車が欠けた今、次の跳躍でいきなり終点かもしれない」キティアの氷声は無感情の悲嘆。
私は薬帝蓮を抱え、足元の割れた石に跪く。「この花で人も時計も同時に救う方法はないの?」
銀夜が静かに刀を置き、私の手に重ねた。「花を二つに裂け。片方で街を癒し、片方で終焉を止める」
「裂けば効力は半減……街も世界も半分しか救えない」
「なら他の半分は俺たちの命で支払う」雷雅の金瞳が揺れる。「恋愛動力学には“代償”も書かれていたろ?」
私は唇を噛んだ。焔命合成式は等価交換。花と命を燃料に世界を再点火する――暴発すれば恋も街も灰。
「怖い?」サーヴァルが肩を支える。
「怖いよ。でも怖いほど生きてる」私は花を二つに裂いた。花蜜が甘く蒸気に混ざり、指先に熱い痛み。
片花を氷粉に包み、キティアが医療班へ届ける。もう片花は私の火輪へ吸収。銀夜が刀を芯に差し込み、朔月の風圧で圧縮、サーヴァルの幻影で熱光を収束、雷雅の稲妻で着火――
五人の掌が重なり、針の脈動が一瞬停まる。
「まだ足りない」私は呻く。――代償が。
雷雅が私の額へ口づけ、背痕の太鼓紋を蒼く光らせた。「持っていけ。鼓動を」
稲妻が身体を突き抜ける。私の火輪が悲鳴じみた熱を放ち、頭の裏で世界が反転した。
ただ、それでも針は一刻分も動かなかった。嘆きの鐘が、五つ目の時を永遠に林立させる。――代償が足りない。恋も命もまだ足りない。
(第23話 了)