◆第22話「雷爆の直愛」
月鋼精錬炉を薙いだ蒼白火は、首をもたげた龍のように夜空へ噴き上がった。硫香と鉄砂の粉塵が熱風に乗り、肺へ灼けつく痛みを残す。――封印時計の指針は十一刻へ跳びそうだ。あと二刻で終焉。
「連結回路を切らなきゃ、都ごと蒸発する!」
叫ぶ私の声は火柱の咆哮で震え、鼓膜を刺す雷鳴に掻き消される。雷雅の背痕が蒼電を孕み、彼の金瞳は濁る血潮を映す。鎖攻撃の後遺症が残る腕は震え、それでも拳を固める。
「俺が行く。雷で制御盤を焼き切れば――」
「爆発する! 私が炎で温度を均しながら――」
言い終わる前に、朔月が尻尾で私たちの背を叩く。「夫婦喧嘩は帰ってから。今は連携!」
銀夜は月鋼刀を逆手に構え、冷徹に炉室奥を指す。「核心部へ行く導線は一つ。俺が切り拓く」
サーヴァルは仮面を外し傷口を舌で舐め、「幻影で敵兵の目を潰す」と冗談めかすが、琥珀の瞳は本気の色。
私たちは五角陣を組み炉心へ突入した。床は赤熱、鉄梁が滴る。キティアの氷楔が瞬時に凍路を作り、私の火輪が温度差を緩衝。その上を雷雅が雷閃で疾走し、銀夜と朔月が斬撃と風圧で敵符兵を蹴散らす。サーヴァルの幻影が残像を撒き、敵の刃は空を裂くばかり。
制御中枢。白夜機関の符将が禍々しい“雷核霊符”を炉壁へ打ち込んでいた。符の縁から伸びる銀鎖が封印時計と繋がり、針を強制送電で動かそうとしている。
「終焉へあと二刻……いや二拍で充分だ」符将の口元が歪む。
雷雅は背痕を光らせ飛び掛かるが、鎖が雷を吸収し逆流。稲妻が彼の胸を裂き、血潮が蒸気に消えた。
「雷雅!」私は火輪を限界まで展開、鎖の刻印へ火粉を注ぐ。しかし銀鎖は喜ぶように燃え、符将の掌へ新たな電流を供給した。
叫びが胸を裂く。《恋》は最大の起爆剤――『恋愛動力学』の警句が脳裏を走る。
「燃えろ、でも――壊すな!」
私は薬帝蓮の花芯を砕き、花蜜と火薬草を混ぜ〈焔命合成式・最終変異〉を起動。炎は淡紅から白に転じ、雷を包み共存を許す“聖炎”へ昇華する。
朔月が風圧で鎖を開き、キティアが氷で温度を固定、銀夜の蒼刃が鎖の結節点を断ち切る。その刹那、雷雅が私の肩を掴み叫ぶ。
「今だ――融合させろ!」
拳を合わせ、稲妻と焔が螺旋を描く。《紅電霊爆》――制御盤へ叩き込む。
轟音。《雷爆》は炉壁を貫き、符将ごと銀鎖を蒸発させた。制御盤の水銀柱が割れ、封印時計への送電が断たれ、針は十二刻目寸前で凍り付く。
爆光が収まり、私は膝から崩れ落ちる。耳に残るのは鼓動と遠雷。《聖炎》はまだ手のひらで揺れ、淡く甘い花蜜の匂いを放つ。
雷雅が私を抱き上げ、苦笑――唇が触れそうで触れない距離。
「死ぬかと思った」
「死ぬなら一緒って言ったでしょ」
彼はようやく微笑み、額に口づけた。痺れより甘い電流が皮膚を伝い、私は胸の火輪で受け止める。
――直愛。それは死を賭ける愛ではなく、生を賭けて護る愛。私たちはまだ生きている、だから終焉を終わらせられる。
(第22話 了)




