◆第20話「焔夜祭、宵越しの雷唄」
霊泉都三百年の伝統行事“焔夜祭”。夜という夜を強奪する勢いで火柱が街路を練り歩き、爆竹と雷鼓が同時に鳴る。祭場は温泉蒸気と蜜柑酒の甘香で満たされ、石畳は赤熱して素足が火照る。
私は朱緋の巫女衣装、胸には火輪の刺繍。雷雅は紺藍の法被に背痕を荒く晒し、朔月は金糸の羽織に虎紋尾。銀夜は月鋼刀を黒帯で背負い、サーヴァルは白仮面を斜に掛けて銀砂の装束。五色の影が提灯の海を泳ぐ。
祭壇は断崖の縁、《龍焔の烽火塔》。無数の火薬筒が積まれ、雷鼓の拍で点火の合図を待つ。私は薬帝蓮の苗を高く掲げ、声を張る。
「焔で護り、雷で打ち、氷で冷まし、風で拡げ、幻で騙せ! 恋と世界を――燃やし尽くせ!」
観衆が沸騰し、雷雅が太鼓紋を鳴らす。稲妻が烽火塔の導線を走り、朔月の風刃が火口を広げ、銀夜の刃が火薬の封を断ち、サーヴァルの幻影が炎に七重の色を与えた。
――瞬間、天へ花開いたのは雷火渦と呼ばれる赤紫の火輪。轟音で鼓膜が震え、体内の血が逆流するほどの衝撃。だが私の火輪はその鼓動を心地よく抱き締めた。
人波の熱を抜け、祭壇裏の静寂。石垣に腰掛けた私は星屑みたいな火花を眺める。背後で衣擦れ。雷雅が隣へ座り、朔月は私の膝枕を所望。銀夜は石壁に背を預け刀を磨き、サーヴァルは仮面の下で口笛。キティアは遠く氷宮から冷気の気流を送り、祭場の過熱を抑える。
火花の匂いは焦糖と硫黄を混ぜた甘苦、《恋》と《戦》の中間の味。
雷雅が囁く。「終わったら……いや、終わらなくても、俺と踊ってくれ」
「音楽いる?」
彼は首を振り、胸を叩く。「太鼓も雷も要らない。心臓が鳴ってる」
私は手を差し出した。朔月が尻尾で拍子を取り、銀夜の刀鳴りが弦楽器に似た響きを添え、サーヴァルの指が空中に音符を描く。
――五拍子の即興曲。裸足で踏む石畳がまだ熱を留め、足裏を焦がす。熱いが痛くない。恋が痛覚を甘味に変えていく。
踊り終えた瞬間、封印時計が十刻目を指しかけているのを遠くの鐘が告げた。花火の光に照らされ、時計塔の針が不穏な影を落とす。
「針を進めたい奴らがいる。祭は連中の幕引きにもなる」銀夜が刀を鞘へ収める。
私は薬帝蓮を抱え、再度掲げる。「宵越しの雷唄が終わる前に、終焉の鼻歌を掻き消そう」
焔夜祭はクライマックスの火柱を打ち上げ、夜空は赤とも紫ともつかぬ色に染まった。私の火輪も同じ色で脈動し、雷雅の稲妻が琴線のように共鳴した――恋も戦も、同じリズムで踊るから止まれない。
(第20話 了)