◆第2話「緋命種の血と雷紋の少年」
夜明け前、薬湯の香りとともに目覚めた雷雅は、私の三つ編みを指でそっと挟んだ。
「昨日……ほんとに助かった。礼、何がいい?」
「朝ご飯一緒に食べてくれたら十分」
私が笑うと、彼は赤面して手を離す。痺れが髪へ移り、小さな火花が弾けた。
しかし平穏は短く、村長は私たちを“大厄災”と呼び吊し上げた。
封鎖された蔦毒の森の毒霧が日に日に濃く、村は絶望で黒ずんでいる。
私は雷雅の手を取って壇上に立つ。手汗で滑りかけた指を彼が強めに絡め、鼓動が同期した。
「毒の源を焼けば救える。雷雅と私、二人で」
「嘘を言うな!」「呪雷が森を怒らせた!」
石が飛び交う。私は咄嗟に彼を庇い、肩に石塊が当たる。
「蓮火!」
彼の絶叫に、背痕の太鼓紋が光った。
稲妻が石塊を砕き、私を抱きかかえて跳躍。私はうっかり彼の首に腕を回す。
……近い。息が混ざる。
地に降りた後も彼の腕は離れず、村人たちの罵声は遠く霞んだ。
「痛くないのか?」
「痛い。でも君の手、もっと熱い」
火傷みたいな照れと痺れが二人を縛り、私は笑みがこぼれるのを止められなかった。
森へ踏み入ると、毒霧は甘い腐臭を含み、足首に纏わりつく。
「蓮火、後ろ」
雷雅が背中を庇い、最前線に立つ。私は彼の肩に掌を置き、《呼吸同期》を始める。
吸――彼の肺が膨らむリズムに合わせ、吐――私の火輪が熱を送る。
「行こう、一緒に」
「おう」
〈連雷燈火陣〉!
炎円と雷蛇が交差し二人を包む。彼の掌が私の掌に重なり、指を絡めたまま駆ける。
どくん。心臓が二重に鳴る。
蔦毒が迫るたび、私は彼を引き寄せ、彼は私を背に庇い返す。
そのたびに、触れ合う温度が少しずつ上がった。
霊樹雷蔓前で、彼は私の頬に手を添え囁く。
「終わったら……朝ご飯、二人きりで食わねぇか」
「うん、でも生き残れたらね」
唇と唇の距離が火花ほどに縮む。
私は火薬草を起爆させ、彼は雷鼓を打ち鳴らす。
炎と雷が絡み合い、巨木が裂けた。
毒霧が泡となり、夜明けの光が差し込む。
静寂の中、私は震える手で彼の指を握り直した。
「……信じて良かった」
「俺も、お前ならって思えた」
熱い掌と痺れる掌が、確かに重なり合った。
(第2話 了)