◆第18話「蒼豹の過去、月鋼の誓刃」
夜。霊泉都西端の月鋼精錬炉。千度近い鉱熱を纏う炉塔、遠目には満月を抱く火山のように橙と蒼を往来している。内部では白夜機関の尖兵が月鋼炉と封印時計を強制連結しようと暗躍していた。
蒼い外套――銀夜は単独で突入を選び、私たちを炉口外に残した。
「月鋼刀は孤独に鍛える刃。余熱は他人を焦がす」
背を向ける彼の声は、涼風のようでいて中に灼けた鉄の匂いが潜む。
私は引き留める。「独りで抱え込むのは過去の方法。今は――」
言葉は炉心の轟音に呑まれた。雷雅が腕を掴み、「信じて待とう」と囁く。だが拳は小刻みに震え、稲妻が掌を走る。《嫉妬》か《信頼》か、境界の熱は同じ温度。
炉室。《白夜機関》の符兵が蒼白火を飛ばし、銀夜の外套を焦がす。彼は月鋼刀を逆手に構え、刃に映るのは紺碧の孤愁。
彼の背中に走る刺青――豹紋。かつて故郷の月鋼騎士団を裏切った証だという。
「名は捨てた。だが刃は嘘を斬るため残った」
私は炉口を突破し、火輪で熱流を分離、雷雅と共に符兵の陣を押し崩す。朔月は風圧で鉄屑を清掃し、キティアは氷雨で溶鉱流を瞬時に固め道を拓く。
銀夜が私へ振り向く。目の奥に猛りながら、どこか子猫のような寂しさが揺れた。「焔で視界が染まった。退屈が……終わったよ」
言い終える前に符兵長の槍が銀夜を穿ち、肩甲が裂けた。血煙が炉光で銀色に煌めき、私は足が凍りつく。
雷雅が稲妻を纏い符兵長を弾き飛ばし、朔月が一閃して鎧を割る。キティアの凍気で傷を閉じる合間、私は銀夜を抱え火輪で止血した。血と鉄と桃花蜜の匂いが混ざり、胸が裂けるほど熱い。
「死ぬな。私の炎に恋したなら、燃え尽きる権利は私が握る」
銀夜は微笑み、血に濡れた唇で囁く。「なら誓う。焔が尽きるまで剣を振るい、月が欠けても君を守る」
最奥、白夜機関の符回路が輝き、封印時計の針を無理やり九刻目へ跳ばそうとしていた。私は銀夜の蒼刃を火輪へ投げ込み〈焔命合成式〉を変異させる。火と雷と月鋼が渦を巻き、朔月の風圧が圧縮、キティアの氷が熱を制御。
「紅電月輪――撃て!」
轟音。符回路は融解し、炉塔の煙突から桜色の蒸気が夜空に放たれた。月は淡く、硫香は甘く、雷雅の嫉妬は稲妻で地を焦がしたが、私は笑った。
――孤独は炎で溶け、刃は恋で研ぎ澄まされる。終焉まで残り三刻、けれど仲間の温度が私の火輪を贅沢に燃やし続ける。
炉塔の天窓から射す月光が、銀夜の血を蒼銀に染めた。彼は刀を突き立て立ち上がり、私の肩に手を添える。
「これでやっと、満月以外にも刃を握る理由ができた」
稲妻が轟き、氷雨が舞い、猫の尻尾が嬉々と弾む。私は胸の火輪を撫で、恋という火薬の残量を確かめた。――まだまだ、燃える。
(第18話 了)