◆第17話「封印図書館、禁書・恋愛動力学」
銀鎖襲撃から三刻後。霊泉都地下へ張り巡らされた蒸気管を辿り、私たちは旧王立図書館へ降りた。石壁には湯の結晶が霜柱のように育ち、奥へ進むほど温泉成分の硫香と羊皮紙の腐香が複雑に絡まる。足音はしん、と湯気に吸われ、心臓の鼓動だけが異様に大きく聞こえた。
目当ては封印時計の設計書。けれど書架の奥、蜘蛛巣を払う銀夜の指が一冊の煤けた革装を抜き取った。
――『恋愛動力学』。筆者欄には「薬神ミリア」と「無名の雷鼓兵」。
ページを開いた瞬間、濃密な花蜜の匂いが蒸気とともに溢れ、紙魚が逃げ惑う。
“愛は最も効率的な燃料であり、同時に最大の暴発因子”
見開きに走る走筆は、火輪の痕にも似た朱。雷雅が息を呑み、指先を震わせる。
「この筆跡……夢で見た。前世の自分の……」
頁の余白に、焔命合成式の最終変異式が落書きのように書かれていた。火と雷で世界を《再点火》する方程式。隣に薄墨でこう添えてあった。
『失敗すれば、恋と命は同温度で爆ぜる』
私は指を滑らせ、乾いたインクがぱり、と音を立てた。指紋に朱が移り、鉄と花蜜の匂いが混ざる。心臓が速く、苦しい。だが嫌ではない。《恋》という危うい燃料が胸で沸騰している証拠だった。
棚上から朔月が声を落とす。「それ、封印指定。持ち出せば都法で禁獄だよ?」
「でも今の都法じゃ、終焉は止められない」私は背表紙を撫でる。
キティアが氷膜で本を包み、「なら対価に氷宮の閲覧権を」と冗談めかす。銀夜は眉一つ動かさず私の背へ腕を回し、稀姓の剣客らしい無言の覚悟を示した。
雷雅は拳を握り、囁く。「恋が起爆剤でも、暴発させない。……俺が全部受け止める」
書架の奥で古錆た歯車が回りだし、封印時計と同じ音程でカチリと鳴った。蒸気が吐く硫香に、私は朱と稲妻の未来図を重ねる。《恋愛動力学》――止まるも進むも、恋こそトリガーなのだと頁が嗤った。
(第17話 了)