◆第14話「サーヴァルの幻影市場」
霊泉都の夜は眠らない。月が中天を過ぎても夢見夜市は狐火と湯煙を絡め、胡椒と焼花酢の匂いで旅人を酔わせる。私は雷雅と朔月の腕を左右で繋ぎ、恋の縄張りを主張しながら人波を進んだ。
目的は薬帝蓮密売の情報。
夜市は数百年前、戦禍で焼けた遺構に難民が温泉の排熱で築いたという。真実は旅人の数だけ値札が付き、情報を買うにも度胸と情熱が要る。二度目の人生で守りたい人の顔が灯籠の数ほど増え、胸の火輪が痛む。――痛みは生の証、恐れより温かい。
背後に視線。銀色の仮面を揺らす軽業師が私の三つ編みに黒糖菓子の甘香を吹きかける。
「名はサーヴァル=アッシュカット。職業、幻影師兼盗賊――可愛い花は棘ごと預かる主義でね」
彼の指が薬帝蓮へ伸びた瞬間、提灯が一斉に暗転、市が万華鏡のように捻れた。
黒糖と合歓の微睡香――幻影領域。石畳が水面のように揺れ、雷雅の稲妻も朔月の斬撃も像を裂くだけ。私は〈焔命合成式〉で火薬霧を極薄展開し、幻の光を焦がして屈折を潰す。瞬間、銀夜の月鋼刀が閃きサーヴァルの仮面を一枚剥いだ。
現れた瞳は黄金斑、唇は月光を吸う。
「惚れさせた方が速いと思ったが、籠絡失敗か」
「愛は起爆剤。でも導火線は私が選ぶ」私は火霧を収束し応じる。
サーヴァルは舌で血珠を舐めて笑い、幻像を千に散らし夜市の闇へ溶けた。
狐火が戻り、薬帝蓮は無事。銀夜が問う。「追うか?」
「今は焦らない方が効く」私は首を振る。夜風は温泉と火薬の香を運び、三つの掌が熱を分け合う。世界を温めるには、まだ火力が足りない――。
(第14話 了)