◆第12話「旅立ちの烽火」
黒炎討伐の報は翠霧の村に届き、夜空には五色の烽火が咲いた。
村長は土下座で迎え、私は笑って火輪を掲げる。
「毒も呪いも、みんな燃やせたよ」
子どもたちが私の三つ編みを引き、雷雅は照れながら肩越しに見守る。
祝宴の中心、焚火の橙が仲間の頬を照らす。
朔月は私の手の甲にキスし「忠義と恋は別腹」と囁く。
キティアは氷花で作った薄瑠璃の指輪を私に嵌め、「凍えた時は思い出して」と微笑む。
最後に雷雅がそっと私の額へ口づけた。
「言葉より、この印で」
火と雷と氷と風――違う温度が肌で交差し、心臓が花火のように弾けた。
夜半、村外れの丘で私は皆に背を向け、遠い空を仰ぐ。
封印時計の針は三刻目に触れようとしている。
「終焉まで、あと十刻……」
肩に羽織を掛けられ振り向くと、雷雅。
「寒いなら言え。……ずっと隣にいる」
胸が熱く波打つ。私は彼の手を握り、薬皇蓮の小さな苗を見せる。
「世界がどう転んでも、この花だけは咲かせたい」
「咲かせよう。俺たちの――」
言葉半ばで、遠く東の地平に紅い閃光。封印時計の針と共鳴し、空気が軋んだ。
私は意を決し、仲間の元へ戻る。
「みんな、決めた! “火薬の神子一行”、正式発足! 次は東方霊泉都――封印の三刻目を止めに行く!」
朔月が剣を掲げ、キティアが氷の翼を広げ、雷雅の太鼓紋が轟音を鳴らす。
烽火は夜空を割く巨大なのろしとなり、私たちの影を未来へ伸ばした。
旅立ちの朝、私は馬鐘を鳴らしながら囁く。
「怖くても……恋してる今が一番、生きてる」
雷雅が笑い、朔月がからかい、キティアが小さく頷く。
風は薬草と雷の匂いを運び、三つの掌が私の掌に重なった。
――火薬の火種は恋心。世界を燃やすには、充分だ。
(第12話 了)