◆第10話「薬神の石碑と記憶の欠片」
山腹の霧が裂け、瑠璃色の夕陽が古代遺跡の尖塔を染めた。
石畳に刻まれた草花紋が微光を放ち、私の右掌の火輪と共鳴する。
「ここ……呼んでる」
胸の奥で火が揺れ、鼓動が速まる。雷雅は私の肩をそっと抱き寄せた。
「一緒に行く。お前を一人にはしない」
昂ぶる感情と稲妻の痺れが私を温め、怖さより甘さが勝った。
石扉を押し開くと、中央に薬神ミリアを象った白大理石の石碑。
表面には細密な錬金式、そして《火薬創生の秘法》の文字。
私は指で触れた――刹那、光が弾け、視界が藍朱に染まる。
夢幻の中、私は女神の侍女として焔の祭壇を守っていた。
隣で雷鼓を担ぐ戦士は……雷雅と同じ瞳。
『火薬は命に火を灯す。されど過ぎれば世界を裂く』
祈りの最中、私たちは指を絡め、未来での再会を誓っていた。
気が付くと雷雅が私を抱き起こし、名を呼び続けていた。
頬を撫でる手の震えは、私以上に怖がっていた証。
「……離れないで、ごめん」
「謝るな。生きてればそれでいい」
額を合わせ、涙と汗が混ざる。
石碑の奥から現れた封印時計は、十二刻のうち二刻目を指した。
針が進むたび、床石が軋み、黒炎の蛇影が天井を這う。
私の火輪が反射的に熱を帯び、雷雅は太鼓紋を輝かせる。
「また一緒に戦える? ――前世でも誓ったみたいに」
「もちろん。何度でも」
指先を重ねると、封じられていた新技能《焔命合成式》が覚醒。
炎と雷を混ぜる化学式が脳裏に浮かび、胸が熱く脈動した。
(第10話 了)