◆第1話「終焉と胎動」
草薙 蓮火――十七歳。
病室の灯は夕刻の茜に溶け、私の呼吸数はモニターの緑線と一緒に削れていく。
「死ぬ瞬間って、案外静かだね」
誰にともなく呟いた声は、点滴の滴に吸われて消えた。
胸を満たすのは恐怖より奇妙な高揚――幼い頃から身体を蝕んだ高熱が、最後に私を“焔”のように温めているせいだろうか。
心電図が細い水平線を描き、家族の泣き声が遠退く。
意識の深い闇へ滑落する直前、“誰か”の掌が私の頬を撫でた気がした。
――熱い。けれど、沁み透るほど優しい。
その温度に包まれ、私は笑った。
がばり、と跳ね起きた瞬間、肺に冷たい空気が突き刺さる。
藁葺き天井。土と薬草の濃い匂い。
「……ここ、どこ?」
私は自分の手を見て絶句した。
爪は朱色に透け、掌の中心で小さな火輪の紋が脈打っている。
さらに視界に半透明のウィンドウがせり出した。
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【個人ステータス】
名前 :草薙 蓮火
種族 :緋命種
職業 :火薬の神子
称号 :転生者
スキル:煉火灸掌★/未知スキル封印中
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眩さに瞬きを繰り返す私の耳に、掠れた助けを求める声が届く。
「だれか……助けて……」
――放っておけない。理由は不明だけど、胸の火輪がそう命じる。
戸を蹴破り外へ飛び出すと、灰色の霧の中に少年が倒れていた。
黒髪には紫電の火花が散り、額は炎のように熱い。
「大丈夫!? ……熱っ、熱高すぎ!」
私は膝をつき、指先で頸動脈を探る。
脈は弱い。けれど彼の胸に耳を当てた瞬間、ドクンと力強い鼓動が私の鼓膜を打った。
――音が、やけに心地いい。
残酷なほど綺麗な金瞳が薄く開き、私を映す。
「君、名前は?」
「……水無月 雷雅……毒、盛られた……離れろ」
「離れない。だって助けたいから」
右掌の火輪が灼けるように熱を帯び、私は無意識に呪文を紡いだ。
「煉火灸掌」
真紅の焔が私たちを包み、紫黒の毒気が煙となって抜けていく。
同時にビリ、と甘い痺れが腕から心臓へ走った。
――これが雷の味? 妙に、甘い。
彼の熱はやや下がり、瞳の奥で稲妻型の瞳孔が回転する。
「……助かった、のか?」
「まだ途中。看病させて?」
近過ぎる距離で視線が絡む。金と朱が溶け合い、私は自分でも驚くほど赤面した。
夜。診療所。
薬湯を煮る鉢から立つ湯気が二人を柔らかく繋ぐ。
雷雅の額に布を当てる指先を、彼はそっと掴んだ。
「怖くないのか。俺……呪われてるって村中が」
「怖いよ。でも、放っておくのはもっと怖い」
心臓がはねる。掴んだ手から稲妻の痺れが心臓へ、とくとく滴る。
彼は唇を震わせ、何かを飲み込むように目を伏せた。
「……お前の手、あったかいな」
「雷みたいにビリビリしてる君よりは、ね」
笑うと、彼もぎこちなく笑った。
胸に残る痺れは、毒なのか恋なのか。
炎と雷――ありえない元素反応に、私はとっくに落雷していた。
(第1話 了)