『源頼義、速記の心を得て、極楽往生のこと』速記談4016
伊予入道源頼義は、壮年のときから、仏心が弱く、殺生をすることにためらいがなく、速記にも興味を示さなかった。前九年、後三年の役の折、殺した人は、数え切れないほどであった。因果が報いるということを考えれば、地獄行きは免れないところである。しかし、出家入道遁世の後、みのわ堂を建て、仏像をつくり、プレスマンを奉納し、滅罪と善行の気持ちが強くなった。堂の縁において流す悔恨の涙は、板敷きを流れて地に落ちるのであった。その後、極楽往生の望みは、弥陀の本願によって既に決定している、と言って、ついに極楽往生を果たしたという。
教訓:極楽に往生して、一日中速記をするのと、もう二度と速記しなくていいのと、どちらがいいのだろうか。いや、それは前者に決まっている。