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冷酒を通すということ その2

作者: よしお

  (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \









 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \










                 (ちがうの?

                  本題は

              これからってこと?

                   前置き

 (`・ω・´)           長すぎない?)

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \










 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \





              珠子さん

               君は今

             前置き長すぎるだろと

              思ったかもしれない

 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \              (ひっ)








 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \












しかしね珠子さん、そもそも僕は、なぜ、彼女を、力づくでも、奪わなかったのだろうか? 猛のやつだったら、きっとそうしたはずさ。やつなら無理矢理奪い去り、そしてあるいはあのオヤジと取っ組み合いまで演じたかもしれない。とはいえもちろんクラス最強の猛といえども大人の男が相手では力では敵わなかっただろう。しかし猛のやつはそれでも決してそのラムネの瓶を離しはしなかっただろう。やつは瓶を両手で胸にしっかり抱きかかえたままオヤジを睨みつけオヤジと罵りあう。オヤジもこれ以上は近所の目もあるし子供相手にまさか殴ってまで取り上げるなんてまねはできない。それで結局「クソガキ、てめえ二度と顔みせるな。おまえ**小だよな? 学校にはきっちり連絡しとくからな。覚悟しとけよ。この盗人やろう」なんてことを猛を指さしながら吐き捨てると、それから唾も道端に吐き捨て、店に帰ってゆく。まさにそんな、修羅場を演じてでも、猛はそれを自分のものにしただろう。いや、いや(笑) なにもそんな乱暴なことをしなくてもいいんだ。たとえば颯太君みたいに、あのたらし込みの術で、オヤジにくれるようお願いするのもいい。いやまあ僕にはたしかにふたりの真似をすることはできない。猛のような勇気と気概や颯太君のような屈託のない素直さ無邪気さ明朗さ、そんなものは僕は持ち合わせてはいない。だけどね珠子さん。僕はやろうと思えば、たとえば金にものを言わせることだって、できたはずなんだ。なんてったって僕は彼女のためなら、これから一生分のお小遣いを費やしてもいいと、思っていたんだから。しかし僕はそうはしなかった。これはいったいなぜなんだろう? もちろん、僕はオヤジを怖れていた。その怖れが僕にその提案の持ちかけを躊躇わせたのはひとつの要因としてたしかにあるだろう。だがそれだけだろうか? それだけが、僕が彼女を自分のものにするということにおいて実際的な行動を起こさなかったたったひとつの原因なのだろうか。ちがう。ちがうよ珠子さん。そうじゃない。そうじゃないんだ。むしろそんなものは、もしかするとたいした問題ではなかったのかもしれない。実際もし、店のオヤジがあのオヤジではなくもっとやさしくて僕を緊張させない、びくびくさせない、家にいるようなくつろいだ気分にさせてくれるような、そんな人であったとしても、僕はおそらく、いやまちがいなく、彼に対してその提案を持ちかけることはなかっただろう。そうなんだ珠子さん。そういうことなんだ。そうすると理由。理由が知りたいよね珠子さん。僕が決してそれを持ちかけない理由。僕が決してビー玉を僕のものにしようとしない理由。知りたいよね? それはね、珠子さん、こういうことなんだ。










  (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \







珠子さん僕は、僕という人間は、珠子さん、


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僕は! そういう人間なのだ!










 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \









 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \












 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \         ごほっ











 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \












珠子さん、わかったかい? そういうことなんだ。僕はそういう人間なのさ。いや君は僕の妻になって五年、知り合ってからもう八年になる、だから、たぶんうすうすは気づいていたとは思う。まあ僕は石橋を叩いて叩いて叩きまくって、そしてあげくには、おい君、君はこいつが実在する頑丈な橋だと主張するけれども、しかし君、こいつじつは幻なんじゃあないのかい? などと荒唐無稽な因縁をふっかけ、なんだいその顔は? まるで君は頭のおかしい人でも見るような目で僕を見ているね、おあいにく様だけれどね、はっきり言うけれど実際哀れなのは君の方だよ。だいたい君は目に映るものはすべて確かなものだと信じ込んでいるんだからね。しかしね君、知ってたかい? 実際はね、君、この世にたしかなものなんてね、ひ・と・つ・も・ありゃしないのさ! なんだいその目は? 君、じゃあ君はこの橋が幻ではないと証明できるのかい? ええっ? で・き・る・の・かっ・て、聞いてるんだぞ!? さっき誰かが渡ってた? はっ! それだよ! それこそまさにね君! ま・ぼ・ろ・し、なんだよ! いやごめん、絶対そうとまでは言わない。しかしね君、その人とやらが幻ではないと、いったいどうやって、証明するつもりなんだい? ねえ? できるのかい? ねえ? ねえ? できるのかい? できないのかい? どっちなんだい? えっ? できない? ぷっ! そうだね(笑) ふふ。まあまあ。つ・ま・り・は・そういうことなわけだよ。どうでもいいけどね君! 君はさっきからそんなにこのどうしようもない橋もどきの嘘つきヤロウを堅固で頑丈な実体を持った決して崩れることのない崩れて下の谷底にまっさかさま、お陀仏一巻の終わりお疲れさん!なんてことが、、い・ち・お・く、パーセントありえないなんてふうにだよ! 僕にそこまで必死こいて遮二無二闇雲に信じ込ませようとしてそもそもいったい何が目的なんだい? 渡らせて… なるほど! わかったぞ! 珠子さんか! はっきり言いたまえよ! 正々堂々と! 君が珠子さんに横恋慕しているのは先刻承知なんだ! 誰が! 誰が渡るもんか! 誰がこんな橋渡るもんか! とお得意の意味不明な渡らないための言い訳の口上被害妄想をわめきちらし、そして結局回れ右してずんずん引き返すという、そんな始末に負えない超慎重人間であることはたぶん知っていると思う。ようするに、おそらくそういった僕の性情も関係しているのかもしれない。つまり憶病、そんな臆病さが、ルールと感知した物事の前で頭を垂れそれの命ずるところに粛々と従い決して反抗しないという僕のこの宿痾の形成に一役買っているのだろう。要するにここでもこの憶病ささ、臆病さ意気地のなさが僕の自由を阻むんだ。まあでもそもそも根本には、僕の中には「ルールを守る」という父祖伝来のいかんともしがたい性質があるのだろう。中にはてんで意気地がないのにやたらルールを守ることにに対する意識が低いやつもいるからね。もちろんルールを守るということは基本的にはよいものだ。みんながルールをちゃんと守るからこそこの人間社会はうまくちゃんと回っていっているんだからね。しかしそれが過剰になるとどうだろうか? それはその人をがんじがらめにし窒息させるものになる。時には、僕は僕のこの宿痾を、ルールそんしゅのしがらみを、振りほどいて、それに反抗する気概をみせなくちゃいけないんだ。たとえばだね、珠子さん。田舎の信号、たった三メートルもない、横断歩道の信号、車なんて一時間に数台しか通りゃしない、そんな信号、その信号がだよ、珠子さん、君はさすがに僕の妻を五年もやっているわけだから気づいているだろうけれど、その信号が赤を示していると、僕の足はその横断歩道の手前で、ピタリと、まるで足の裏が地面に吸い付いたみたいに、あるいは目の前に見えない透明な壁が立ちふさがったかのように、ピタリと、止まるのだ。右を向いても、左を向いても、車の影などどこにも見えやしない。車どころか人影さえ、どこにもありゃしない、まさにド田舎村の昼下がり、僕はそんな村の、長さ三メートル弱の横断歩道の手前で、じっと立ち尽くしているわけだ。さぞかし、奇妙な光景だろうよ。ちょっと想像してみてほしい。その横断歩道があるところから、十メートルほど浮き上がって、鳥の目になって、彼を、すこし斜め上から観察してみてほしい。どうだい? ずいぶん、奇妙じゃないかい? あたりには車の影も人の影も見当たらない。そんな中を男は一人ぽつんと少し首猫背気味に、両手を体の横に垂らして突っ立ている。いったい、彼はどうしたのだろう? 君はそんなふうに、ずいぶんと落ち着かない気持ちになるんじゃないだろうか? そこには少し、好奇心みたいなものも、働くだろうね。いったいあれはなんなのだろう、というふうにね。そして君は、もしかして、あれは、幽霊? いわゆる、地縛霊なのかしら? そんなふうなことも思い出すかもしれないね。しかしそんな君の懸念はしごくもっともだよ。実際君が目にしている光景はじつに奇っ怪極まりないと言ってもほぼさしつかえないようなものだ。天気の良い昼下がりの田舎の村の片隅、見渡す限り、人も車も影すら見えない。まったく、静かなもんだ。そこに、そこの三メートル弱の横断歩道の前に、一人の男がぽつんとつっ立っている。おや? いったい彼は、何をしているのだろう? 当然君は思う。十秒経ち二十秒経つ。しかし男はそのまま両手を体の横にだらんと垂らしたまま、立ち尽くしたままだ。君はそんな現実離れした光景を目の当たりにして、心が動揺するのを感じる。人の(さが)として、君はぐらつく心を何とか安定させようとするだろう。そしてその安定を得るためのまず第一の方法は、「わけのわからない状況」を「わけのわかるもの」にすることだ。そんなわけで君はあれが幽霊であるという仮説を立ててみるのだろう。いや、幽霊のどこがわけがわかるものなんだという反論が返ってきそうだがしかし少なくともこの意味不明な状況を彼が幽霊であるという結論に落とし込むことによって、ある程度わけがわかるものにし、まったくの混乱にある程度の安定を与えることは可能なのではないだろうか。君はそんなふうにして少しでも心の均衡を回復するためにとりあえず一つの仮説として、「あれは幽霊である」という見方を採用するわけだ。しかしね珠子さん。じつは君はそんなにびくつくことはほんとうはないんだ。ではまあそろそろ鳥を気取るのはやめてもらって、地上に降りてきてもらおうかな。そしてね、あの男の隣、そうあの、君が幽霊と思い込もうとしたあの奇っ怪な男の隣にだね、ちょっと、立ってみたまえ。…… そう、珠子さん。ほら、おいで、怖がることはないんだ。今からこの謎を、僕が、解いてあげる。おいで。君はあの男の隣に立った時、そしてそのかわいい顔を前に向けたとき、すべてを理解するだろうよ。いや、「理解」ということはできないかもしれないね。しかし少なくとも、これまでのこの大混乱、意味不明、そんな混沌とした中にあった状況は、君の中で、かなりの程度秩序だったものとして戻って来るはずさ。さあ来たまえ。さあ! 

どうだい? ふふ。隣の男を見てごらん。どうだい? 怖がらなくていい。僕が保証する。この男は幽霊などでは、()()()()()。さあ珠子さん、勇気を出して隣を見てごらん。…… どうだい? この男は、珠子さん、いったいぜんたい、幽霊かい? 体は透けているかい? 足は? どうだい?ついてないかい? …… はっはっは! いやどうやら君の仮説はハズれたらしいね珠子さん。この男はどうやら、生身の人間らしいよ。あっ、落ち着いて! 大丈夫だから! 珠子さん! 前を見てごらん! さあ! どうだい? 信号機があるだろう? 信号機は、いったい今何色を示している、珠子さん? 言ってごらん。…… そう! 赤だ! 赤なんだ! …… ふふ… …… 珠子さん、まだわからないかい? やれやれ。もう答えは出ているんだよ? まったく、君はどうやらこの奇っ怪な光景がもたらした幻惑からまだ抜け切れていないようだね。じゃあひとつ質問をしてみてもいいかな珠子さん? 朝、君は僕たちのアパート出ていつもの駅に向かう。しばらくゆくと、ファミリーマートがあるよね? 君はいつも朝そこでカフェラテを買う。そうファミマは他よりちょっと安いんだ。そのファミマの前に、どうだい?横断歩道があるだろう。君はいつもそこを渡るよね? じゃあ、もしその横断歩道の信号が赤の時、君はどうする? 渡る? それとも、渡らない? …… うん… だよね。渡らない。なぜなら信号は赤だから。では、こっちに戻ろう。前を見てごらん。信号があるね。あの信号はどうだい? いったい、何色をしている、珠子さん? …… (にやっ)どうやら、やっと気づいたようだね珠子さん。そう、どうやら謎は解けたようだ。この奇っ怪極まる状況。男が、人っ子一人いない車の影も見えないド田舎の歩道の上にほとんど身動きもせずぽつんと突っ立ている。誰かを待っている? いや、まわりには民家らしきものもないしどこかから人なり車なりがやって来るのを待っているのだったら、もう少しあたりをうかがうようにきょろきょろしたりする様子を見せてもよさそうなものだ。うん、誰かを待っているというふうではない。男は、ただ突っ立ち、ただ前だけを向いている。ほとんど身動きもせず。この、不条理、混乱、無秩序、によって支配された空間は、この解釈によって一気に本来の安定と平和を取り戻し、狂い渦を巻くようにしていた時間は、本来の流れに復するのだ。そう、そうだよ珠子さん。でもまだ戸惑っているね。しかしやはりそうなんだ。そういうことなんだ。そう、彼がここに突っ立ている理由、それは、



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 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

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 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

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 (`・ω・´)    

/     \       (`・ω・´) Δ(・ω・;)

  /  \











ふふ…… それでもまだ、納得していないみたいだね珠子さん。そう、ここはあのファミマの前の横断歩道とはちがう。あそこは、車の通りが多く、人もたくさん歩いていて、おまけに横断歩道の長さはざっと二十メートルはあるだろう。だから赤なら、大概の人は立ち止まる。しかし、ここの横断歩道はちがうね。長さは、三メートルもない。そもそも、車が通らない。そして誰も見ていない。お巡りさんどころか、見渡してみても人の影すら目に入らない。()()()()()()()、男は信号機の前で立ち止まっている。珠子さん、男の顔を見てごらん。男の目を。どうだい? 君はあの目を、あの目と似た目を、目つきを、どこかで目にしたことはないか? どうだい? …… よく見たまえ、ほら、あの男の目、あれは…… そう、そうだね。ふふ。そのとおり。そのとおりだよ珠子さん。囚人だよ。囚人の目だよ。あれは囚人の目だよ。それも、無期、そう無期だ。期限の決まらぬ刑期を言い渡された、あれはそんな男の目だよ。男はおそらくもう三十年もこの監獄の中に閉じ込められている。そしてここからいつ出られるかなんてわかりゃしない。いや、もう、死ぬまで出られはしまい、出られるとしたら、骨になって、棺桶に入れられてってわけだ、そんなふうな公算が、彼の心の奥底、襞という襞に、ゆっくりと、染み込み始めているんだ。男はずいぶんと痩せており、そのやつれた血色の悪い顔の肌はずいぶん乾燥して、表面はへなへなの革のようになり、そして縦に幾本かの深いしわが刻まれている。ひょろひょろと縮れた白髪混じりのまばらな頭髪は、額の少し上のあたりに禿げ残った直径二、三センチほどの丸い島のようなみすぼらしい毛の塊を残して、頭のてっぺんのあたりまで大きくM字に禿げ上がり、なんだかトウモロコシの毛を連想させる。そして今、四方を分厚い頑丈なそして高さが何メートルもあるコンクリートの壁で囲まれた広場みたいなところに、その男はいる。お昼の休憩の時間かなんかなのだろう。男は他の囚人たちとは離れ、隅っこの方で、左手の前腕部分を、そのどのような言い訳も哀願も不服の申し立ても叫びも、何の効果も及ぼすことができぬことを骨の髄まで思い知らされている、冷徹なる物言わぬひんやりとしたコンクリートの壁に当てて、それにもたれるようにしながら、目は、まっすぐ前方に向けられている。壁は、二十メートルほど向こうで、直角に右に曲がっている。男の目が向けられているのは、ちょうどその角のあたりだろうか。男の頭部がピクリと痙攣し、それからおもむろに顔が、すぐ左手側にある、片手を当てている壁の面へと向けられる。向けられるといっても、ほんの一、二、せいぜい三センチほどである。そして左目が、ちょうど壁の面の方を向く。右目の方は、先ほどと同じように、虚空をさまよっている。男の左目のすぐ先には、内に封じ込めた虫けらどもの言い分、懇願など、決して届かせることのかなわぬ、分厚い、冷たい、厳かなる、沈黙の壁。男はまたすぐに、どこか痙攣じみた動きで、二、三センチ頸を右に捩じり、先ほどと同じ方向に顔を戻し、先ほどと同じあたりに視線をやる。いいかい珠子さん、まさしくね、その目、そんな目をこの男はしていないかい? うん? なにか言いたいことがあるのかい珠子さん? 君はなにか、人間というものは結局はみんな、囚人なんじゃないかしら? ときにはまるで自由を得たかのように、まるで己が自由な存在かのように感じるときもあるけれど、結局はそんなものは錯覚で、私たちも結局は全員、あの無期の、いえ、永遠の懲役を言い渡された、囚人なのではないかしら? そのことに気づいてないように見える人たちだって、本人たちは自覚しないままであっても、じつは心のどこかでは、ちゃんとそのことに、気づいているのではないかしら? みたいなことを、言いたいような顔をしているね。しかしね珠子さん。僕は何も君とそんなややこしい文学の主題になるような問題についてこれから君と語り合おうと思っているわけではないんだ。人類全体の問題は今度にしよう。正直言うとね。僕はこの話をいいかげんさっさと切り上げたいと思っている。

ああ! ようするにそういうことなんだ! この男はね! 囚人なのだ! だから止まったのだ! 君はとにかくこのことを納得しなければいけない! 車が来ていない? まったく来る気配もない? 誰も見ていないしそもそも誰もいない? 関係ないね! そんなの関係ないね! 彼は止まるんだ! 赤だから止まるんだ! 赤は止まれだ! ルールだ! ルールが止まれと言っている! だから彼は止まるんだ! 当然だ! 当たり前だ! ルールがそう言っているのだから、彼はその指示を前にして、(こうべ)を垂れるのみなのだっっっっっ!!!!!


                囚人っっっ!!!


さて、もうそろそろ気づいただろう珠子さん。そうだ。そうとも。まさしくね。そうさ。そうなのさ。この男。ド田舎の誰もいない車が前に通ったのは四十分前、四方はあっちの方までひろびろと見渡すことができ、道がカーブするおよそ二百メートル向こうにも、車だって? もちろんそんなもの影も見あたらないしかすかなエンジン音すらもどこからも聞こえてこない、そんな、幅三メートル弱ほどの横断歩道の前で、立ち止まっている男。いやそもそもなんでこんなところに信号機があるんだ。せめて押しボタン式にしたらどうだ。さっさと撤去しろよ。まあ色々意見はあるだろうが、まあこれはたしかに行政の怠慢かもしれない。しかしそれは横に置いておいてとにかく事実そこの横断歩道はそうなっている。そして男はそんな横断歩道の赤の指示に対して粛々と、文句ひとつ言わず、かしこまって、まるでその赤がたとえば陛下のご意向ででもあるかのように、いささかとはいえ肩は縮こまり伏し目がちになり、そんなふうにその姿全体からじつにかしこまっている様子がうかがえるのだ。

さて、そうだよ。そうなんだよ珠子さん、この男、この横断歩道の前で、片膝をついて信号機に服従の意を表しているかのような、そんな、この男、まさにこの男は、





                 この!



                 僕なのだ!









 (`・ω・´)    

/     \       (   ´・ω・`)Δ(・ω・;)

  /  \






 



 (`・ω・´)    

/     \       (   ´・ω・`)Δ(・ω・;)

  /  \









 (`・ω・´)    

/     \       (   ´・ω・`)Δ(・ω・;)

  /  \














あっ、そういえば、最初にこの男が僕であることは言ってたっけ? まあいいや… まあそういうわけでね、珠子さん、ぼかぁね、ルールを絶対に破れないんだ! 元々ルールを守るということに対する強い遺伝的素質みたいなものが僕にはあるのだろう。加えて僕は要するに憶病なんだ。それらが相互に作用しあった結果、僕はどんなささいなルールの前でも習慣的に目を伏せかしこまってしまうようになった。そう、あの三メートル弱の車の通らない赤信号の前でもだよ。それが僕なんだよ、珠子さん。でもね、珠子さん、たとえばそんな僕が誰かと一緒に、その信号を渡ることになったら、はたしてどうだろう? 僕以外の連中はもちろん渡るだろう。なんたって、まず車が来ない。自分たち以外誰もいない。そして横断歩道の幅は三メートルもない。もちろん、彼らは渡る。軽く左右を確認して、もしかすると笑い出すやつもいるかもしれない。というのもこんなところで「赤」なんてやっている信号機がずいぶん間抜けに思えるからだ。だが、僕はそれどころじゃない。信号機が間抜けに見える? それどころか、僕にはそれはむしろ恐怖の対象だ。なぜならその信号機は、こんな無意味な場所で、明らかに無意味な指示を、僕に出しているのだ。恐ろしくないか? 向こうの方二百メートル先のカーブのところまで見通してみても、車の影なんか見当たらない。そしておそらく、あと三十分ぐらいは、へたすれば二、三時間ぐらい、車は通らない。そんな三メートル弱の横断歩道。にもかかわらず、そこにはなぜか信号機があり、そしてそれは「赤」を示している。ねえ、恐ろしくないか? まるでそれは、僕が囚人であることを思い知らせるために、神だか悪魔だかがやらかした、非常に悪質ないたずらのようにも、思えてしまうんだ。この閑静な、のどかな田舎の空気の中のどこかに、空気の中に溶け込むようにして、そいつは、僕をじっと見つめている。そしてやつはこう言っている。おまえは従う。従うんだよな? おまえは囚人なんだ。永遠の囚われ人だ。おまえは永遠に、赤信号のこの横断歩道を、渡れはしないのだ、てね。そう、まさに彼の言うとおりさ。しかしね、ではその僕の他の連中、彼らが半笑いで信号機を馬鹿にしながら渡ったとき、僕はどうする? 君は、僕がそれでもその横断歩道の手前で立ち止まると思うかもしれないね。では僕はその悪魔の僕への試みの前に屈したのだろうか? それともそれを撥ね退けたのだろうか? 結果的には、僕はそれを、渡ることになるだろう。しかしそれは、撥ね退けたというには、いささか消極的なものであると言わざるを得ないだろうね。というのも僕がそこを渡る理由、それはみんなが渡っているのだから自分だけそこで立ち止まっているというのは現実的に難しいというのがある。そして、要するになんだかんだいって、やっぱりそれはしょせんじつに些細なことなんだ。だって車の来ない、三メートル弱の、誰も見ていない横断歩道なわけだからねそれは。その横断歩道の信号が赤で、そしてその警告を無視して渡ることなんてのは、じつに些細なことだよ。僕はね珠子さん。そんなことは頭では重々承知しているんだ。だから渡る! もちろん、いやな気持になる。ルールを破ってしまった。掟に背いてしまった。なんとなく、人に顔向けできないような気持になる。なんだか、こそこそした気持ちになる。この時誰かがもし僕の顔をじっと見つめていたりなんかしたら、その視線に気づいてそちらを向き、その人と目と目が合ったりなんかしたら、僕はさっと反射的に目を伏せてしまっただろうよ。そしてね、珠子さん。ぼかぁね、一度だけ、一人なのにも関わらず、同伴者はいないにも関わらず、赤信号の指示に、逆らったことがあるんだ。それはちょうど今話しているような、そんな田舎の、だいたい同じようなシチュエーションの、横断歩道だった。ただ長さはもう少し長くて、五メートルぐらいあったかもしれない。車は、例によってどこにも影も形もない。人の姿も、どこにも見当たらない。信号は、赤。僕は、僕はね珠子さん。蛮勇を奮った。悪魔だか神だか知らぬがやつの試みに挑みかかり、鬼の形相で、まるで目の前に分厚い壁が立ちふさがっている中をその壁をえぐり取るように両手でかき分けながら、僕は一歩また一歩と、死に物狂いで、歩を進めていった。僕はその時何も考えなかった。自分が禁を犯している者などという観念はとりあえず心から追い出し、とにかくその横断歩道を渡ることだけに全精力を注いだ。僕は禁を破っている。しかも、たった一人で。これはね珠子さん、みんなで禁を破るのとはまったく心にのしかかる負荷の量も質も桁違いなんだ。それでもね珠子さん。僕は渡った。渡り切った。そして渡り終えてからから五十メートルほども歩いたよ珠子さん。そしてね、珠子さん。それから僕はどうしたと思う? 渡りきって、そしてその横断歩道からだいぶん離れたところまで避難した(と言っていいだろう)僕は、その後どうしたと思う珠子さん? …… (にこり)そう、僕はね珠子さん。引き返した。引き返したんだあの横断歩道のところまで。なぜかって? (にこり) もちろん、もう一度あの信号機の指示に従うためだよ! そしてね珠子さん。僕は横断歩道の、さっきとは反対の、手前までやってきた。信号は青だった。つまり悪魔は僕に渡れと言っている。しかしね珠子さん、僕はね、()()()()()()()()、そのすぐ横の、()()()()()、渡ったんだ。なぜかって? それはまず、車がやって来ていないときにはそのことをちゃんと確認したらば車道を渡ってもよいという交通ルールがあるからだ。でもまあ、これだけでは理由になっていないね。だって他の人ならいざしらず、なんでこの僕ともあろうものが、青信号の横断歩道のすぐ横の車道を、わざわざ渡らなければならないのだ? 悪魔は僕に、この横断歩道を渡れと、指示しているのだ。普段の僕ならそちらに吸い寄せられるように向かってゆき、目を伏せかしこまりながら、粛々とその指示に従っただろう。しかし今回僕は、わざわざそのすぐ横の車道を渡った。なぜ? なぜそうしたのか? 珠子さん、それはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、僕は時間をもとに戻したんだ。まさにさっき、あの赤信号の前に立っていた僕、「禁を破る前の僕」に戻るためにね。なぜ車道を渡れば時間が元に戻りさっきのことがなかったことになるのか? それはね珠子さん、要するに多分に心理的なものなんだよ。もちろん実際に時間が戻ったりはしない。もちろんそんなばかなことはあり得るわけがない。しかしね珠子さん。だいたいこのルールを守るという「ゲーム」にしたところで、ここまで、ここまできてしまえばだね、それは言ってしまえば架空の世界での、なにか閉ざされた世界での、そんなものにすぎなくなっているんだ。そうだろう? そんな世界での物事なわけだからね珠子さん、車道を渡れば元の、あの禁を破る前の状態に戻るという僕にそのときあった観念は、とくに荒唐無稽とは言えないと思うんだけどどうだろう? そして実際僕はそのときそうすればそういうふうになる(禁を破る前に戻る)という己の抱いている観念に何の違和感も感じていなかった。まあいずれにしろ僕はそのようにしてだね、ふたたび指示に従うために、横断歩道の前に立ったわけだ。悪魔のやつはさぞかし満足だったろう。僕を完全にその支配下に置いたわけだからね。僕を永遠の牢獄の中に閉じ込めたってわけだ。ところでその車道を渡り終えても、信号機はまだしばらくの間青だった。僕は待った。まわりで何も起こっていないふりをして待った。実際僕は心をからっぽにして、何も見ず、何も感じず、そんなふうにして、待った。やがて、信号は赤になった。僕はそれから三、四秒ほどして、顔を上げそちらに目をやった。そしてそのときに、僕の中でさっきまでの時間、赤信号を無視し渡り、そしてそこから五十メートルほど歩きそして引き返し、車道を渡り信号が赤になるのを待っていた、あの時間は、消え去った。そこには禁を破った僕はいない。そこにいるのはまっさらな、無垢な、罪を知らない僕。そんな僕が、赤信号の指示に対し、ふだんよりもより従順に、その赤信号の赤色に身をゆだね切って、なにやらほっとして安らぎすら感じながら、目を閉じややうつむき両手をだらんと垂らし脱力したようにしながら、そして「渡ってもよい」という指示を待つ。もちろん、僕は禁を犯さなかったわけだが(さっきの禁を犯してからふたたびここに立ちそしてふたたび赤信号に向き合うまでの時間はさっき言ったとおりどこかに消え去ったいるわけだから)、しかし無意識のどこかで、信号機のこんな声がしている。


    もう、するなよ


  無意識のどこかで僕それに対して、


      はい


     と答える。











  (`・ω・´)    

/     \       (   ´・ω・`)Δ(・ω・;)

  /  \









  (`・ω・´)    

/     \       (   ´・ω・`)Δ(・ω・;)

  /  \









 (`・ω・´)    

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ねえ、珠子さん。僕はね、そういう男なんだ。そういう僕がだよ? あの駄菓子屋でだよ? あの恐ろしいおやじに対してだよ? この瓶くれよだなんて、言えると思うかい? だってあの駄菓子屋では、飲み終わった飲料の瓶はちゃんとその場で返却するというのが、「ルール」なんだ。まあルールといっても、はっきりとそのことをおやじから言われたわけではない。もしかしたらそれ自体は明確な取り決めとして確立しているものなんかではなかったのかもしれない。僕はそこで他の客に遭遇することはあまりなかったんだけれど、初めて訪れた日に、二人の子供の客がいたんだ。彼らは何かのジュースを飲んでいた。そして彼らはそれを飲み終えると、その飲料の空瓶を、あの例の台に、さも無造作に極めて自然に、あたりまえのことだとでもいうふうに(僕には」そう見えた)置いて店を出てゆくのを見たんだ。それを目撃した僕は、それがルールであると受け取った。そして初めてその店に行ったときから僕はオヤジに苦手意識を感じていたから、僕はそのときもうこの店には来ないでおこうと思ったのだけれども、帰り際にちらっと見た飲料の入ったあのケースの中に、あのラムネがあるのが見えたんだ。僕はそのとき、何か運命的なものを感じた。しかしその日はそのまま帰宅したわけだけれど、その後もしばらくそのラムネのことが頭から離れなかった。それで僕は、あの店にはもう正直行きたくなかったけれど、もう一度訪れてみることにしたんだ。そしてその日僕はラムネを購入した。じつは僕は、ラムネというものの存在は知っていたんだけれど、実際に購入して飲んでみたのはそのときが初めてだったんだ。そしてその後のことについてはさっきまでに話したとおりだよ。つまり、すっかり彼女にイカレちまったってわけさ。







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それでだね、もうその日から僕はあのビー玉(月の女神)の水中舞踊のとりこになっちまったわけなんだけれどしかし前回の二人連れの子供のアレを僕は目撃していたわけで、つまり僕はそれがルールと認識してそれにすでに深々と礼をしたわけで、つまりまさかあのビー玉が気に入ったからといってあの怖そうなおやじにルールに抵触しているかもしれない提案を持ちかけるなんて、正直この僕にはできない相談だったわけなんだよ。こんなふうにね、珠子さん。僕はその場でこれがルールと判断した事柄に対してはほとんど思考停止に陥ってそれが良いことか悪いことかなんて考えも念頭に上らなくなる。ただただ盲目的にそのルールを実行する上においての皆の行動様式に倣うだけだ。しかしまあ、たとえばある掟、ルールがある「場」において存在していたとして、もし誰かがそれを不合理だとして、または人の道に反することだとして、あるいはたんにワガママな気持ちなどから、破ったとしよう。するとその「場」の成員たちには動揺が生まれるだろう。そしてもちろん彼を糾弾し追放する動きも出てくることもあるだろうしそこまでではなくともそこにはある程度の彼に対する反発が生まれてくることは容易に想像できる。しかしそれだけではなく、中には彼に共鳴する者が現れてくることも、場合によっては十分にあり得るだろう。そしてその共鳴者が二人になり三人になり、そういうふうにしていって、ルールを破る、掟に従わないという「道」をつけてゆくわけだ。しかしまあ、最初の内は、それはとても道と呼べるような代物ではないだろうね。そこには、鬱蒼と草木が生い茂った中に、なんとなく誰かが通ったような痕跡みたいなものが、見受けられるだけだ。しかしそのうちそれは、もっとはっきりしたものになるだろう。はっきりと、それは誰かが通っていった「道」であるということが、わかるようになるだろう。でもまだ、それはいわゆる獣道にすぎない。ちゃんと人間のために作られた道なんかではない。そんな道は人間のゆく道ではない。まさに獣がゆく道だ。それにそんな道、何が出てくるかわかりゃしない。イノシシか? 蛇か? 熊か? いやはやまったくそんなの冗談じゃない! しかし、さらに状況の変化が進むと、つまり追随者が増加してゆくと、その道は、舗装された、人間のための道になってゆく。だが、僕はまだゆかない。まだまだ。まだまだそんなの、とても行けやしない! そうまだ、ルールは機能しているんだ。まだ掟の方が、重くその場を支配しているんだ。だから、僕はゆかない。しかし、さらに状況が変わると、もはやルールは、有名無実のものになってゆくだろう。たとえば日本の仏教における獣の肉を食べないだとか性行為を行わないだとか妻帯をしないだとかはまさにそれだね。そこまでになると、道はもうすっかり立派なものになる。道の両側には、建物なんかも建ち始める。飲食店、宿泊所、様々なお店や会社なんかも、営業を始めるだろう。そのころには道は、すっかりアスファルトで整備され、車も通る、立派な道路だ。さて、珠子さん、ここにきて僕はね、ようやく重い腰を上げる。そしてそろそろと道に近づく。それから、あたりをきょろきょろ見回して、いやもうみんな、守ってないよね? というふうに、あれはもうルールなんかではないよね? というふうに目玉だけをきょろきょろ動かして、道に踏み込もうとしている自分に対する皆の反応をうかがう。もしもその時、そこに僕を非難するような眼差しを見出したならば、僕は即刻踏み入れようとしていた足を引っ込め、ルールがまだ機能していたという事実に意表を突かれ動揺しながらも、すぐに反射的に身を固くし目を閉じ顔をやや伏せるようにして、どうやらまだ機能していたらしい掟、何らかの聖域みたいなところで白いパーッとした光を発しながら厳かに屹立している柱、そんなものを思わせるような目の前の掟に、ただただもう、身も心もひれ伏すばかりなんだ。しかし、どうもその掟を頑なに順守しているのは、その僕を睨んでいる老人だけらしいのだ。他の者たちは、もはやそんなルールがかつてあったということすら忘れている者もたくさんいる。そして僕はその事実を改めて確認すると、なんとなくその老人の僕に向けられる非難の眼差しに気まずさを覚えながらも、その老人をヘンコな変わり者として憐れみながら頭の中から視界から排除し、そしてそのまるで繁華街のメインストリートのようになった道に何思い煩うことなく踏み込んで悠々と歩いてゆくことだろう。まあこれはだね珠子さん、裏を返せばそのくらいにならないと僕は決して「ルール破りの道」に踏み込んだりしないということなんだ。だって僕はさっき言ったように行政の怠慢によって未だ撤去されていないド田舎の三メートルの横断歩道の信号機にすら従う男だからね。そんなわけで結局僕は、「掟」としてその駄菓子屋で機能していると僕が理解した「飲んだら瓶は返す」というルールに、ただ黙々と従ういわばロボットみたいなものだったと思うよ、そのルールを守るということに関してはね。たしかに、僕は頭の中であの瓶を地面にたたきつけてあの月の女神(ビー玉)を救出しようとしたことがけっこうある。それは彼女(ビー玉)の魔力が僕に及ぼした作用がそれだけ巨大だったからだろう。しかしだね珠子さん、僕は、自分がそれがたとえ頭の中での行為であったとしても、厳かなる、僕の支配者であり庇護者でもある「ルール」に、たとえ頭の中でとはいえども、牙をむいてしまったという事実に気づくと、僕は体に電流が走ったように痙攣して気をつけの姿勢になり、瓶を持った右手を若干震わせながらあわてて残りを飲み干すと、いつもよりより丁寧に、ひとつひとつの動作に気を付け気を配りながら、かしこまり、心の中に新たなる深い忠誠を誓いながら、丁寧に丁寧に台の上に、まるで上品ないいとこのお嬢さんが怖い師匠の前でお茶やお華のお稽古事においてひとつひとつの作法、所作に細心の注意を払うときのごとく、それと同じくらい誠意を込めて注意を払いながら、ゆっくりゆっくり、ことりと、台の上に置き、その上そのルールの遂行が終わった後も、一歩後ろに下がり、目を閉じて数秒間の礼をしたくらいだった。まあ軽くではあったけれど。それはそのルールに対して恭順の意を表すためだ。

しかしだね、珠子さん、ぼかぁね、これでほんとうにいいのだろうかと、最近よく思うんだ。ようやく、ようやくね。僕は、ほんとはあのとき、力づくでも彼女を奪い去るべきではなかったか? 猛なら、あの猛のやつなら、強引に力づくで、欲しいものは自分のものにしただろう。それがルールに反していようが、やつなら己の欲望に忠実に従い、その結果被ることになる様々な苦難にも、敢然と立ち向かったことだろう。そうさ、珠子さん。男ならね、そんなふうにやらなくちゃいけないときってのが、あるもんなんだ! いつもいつもルールに従うばかりで、その前でおとなしく黙って何も思わず身を縮めているばかりが、男じゃないさ! 僕だってほんとは! あのとき! あの瓶を叩き割って! 彼女を奪い去ってもよかったんだ! そしてその後襲い掛かってくる苦難! それは掟破りの人間であるという観念がもたらす自責の念、足元が崩れ落ちてゆくような心もとなさ、不安。そしてオヤジの襲来(もちろんただでは済まないだろう)。それから親や学校にも連絡がいくかもしれない。彼らが僕のその行為に対してどのような反応を、対応を見せるのかはわからないが、いずれにしろ僕は彼らの僕への対応に対して、ただうつむいて押し黙り小さくなっているだけでなく、もっとひとりの男としての、たとえそれがあからさまに反抗的な不良のような態度だとしても、そこを押し切って貫いてゆくだけの気概を見せねばならなくなっただろう。だってルールを破ったのだから。己の欲しいものを手に入れるために! でも僕は! そうすべきだったんだ! いや… そこまでしなくてもよかったかもしれない。もっと穏便に、たとえば、颯太君のようにはいかないだろうけれど、ふつうにオヤジに丁寧な態度で、愛想笑いなんかを浮かべながらなんかでも、「あっ、おじさん、あの、これもらっていいですか?(微笑)いやあの(微笑) ちょっとこのビー玉が欲しくて(笑) すいません(笑) いやほんとは飲んだら返すものだってことはわかってるしすごくなんかこう変な、お願いをしてることはわかってるんだけど、なんかこのビー玉欲しいなーと思って(変なことを言っていることは重々承知している感じの愛想笑い)、なんか五十円とかで、無理かな?(変なことを言っていることは重々承知している感じの愛想笑い)」みたいな感じに、交渉みたいなことを、やってもよかったんじゃないかと思う。つまり、何にしろだ、ぼくは時には、ルールってものから、自由になって、そうもっと自由になって、生きてもよかったんじゃないか? 最近そんなことを強く思うんだ。でも結局僕は、今になるまで、やっぱりルールの前にひざまずいてしまうおりこうさんなのさ。もちろんそれが悪いことだとは思わないい。ルールを守るってのは、社会の中で生きる一人の人間として当然のことだからね。そうやってひとりひとりがルールを尊重しそれに従うことよって、秩序は守られて、みんなが安心して暮らせる世の中になるってわけだからね。だけどだね、だけどもだね珠子さん。だけどもあまりにそれにがんじがらめにされて、身動きも取れなくなっちまったら、それはあまりに不自由だしどうにも息苦しいよ。でもね、珠子さん。それが、それが僕なんだ。それが僕なんだよ、珠子さん。いまさらね、変わりようなんてね、結局は、ないのさ。













 

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その3(完結)につづく




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