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第十九話 大きくサンサンと輝いて陰りがあっても

 夜をかけていく風はなんて意地がわるいのでしょうか。月の王子様はこんな言葉をかけられたことなんて今までありませんので、ひどくおどろいてしまいました。

 あれだけきれいにりんとさく花が今にもおれてしまいそうだと、月の王子様は思ってしまったのです。


 『月の王子様』 弓弦・作の一節

 アジサイの匂いが漂う一階の廊下。そこは叔母のキョウさんの部屋があるという印だ。その廊下の角へ僕を逃がすつもりで連れて行ったのは、若葉晴流。彼女は大して血が通っているかも分からない腕を掴んで離さなかった。


 恐らく彼女は知ってしまったのだろうと僕は思う。目が見えなくても耳が聞こえずにしても分かってしまう僕は自身が憎い。

 突き放す一歩手前に押し留めているキョウさんの僕へ向けている辛さを知らないふりをしているのも。


 枯れた枝にも似た痩せ細った僕の腕をギュッと握るワカバの暖かさに瞼の奥が熱くなる。それに対し感情を込められた結晶を落とすこともなく、流すこともなく、何時もの顔で居続ける。

 そんな僕が憎いと感じた時、手の甲に落ちたもの。雫。僕が流そうとしなかったものを、流した誰かは若葉晴流。





 間近に来たコウヅキが眉を下げて、何も伝えないまま、握ったままの私の手を引いた。壁や手すりに支えながら迷わずに歩みを進めている様から、明確な目的地に導きたいらしい。


 どうすればいいのだろう、私は。彼がこんな行動を取るのだから、何かしらの意味があってしているに決まっているのだ。例えば、そう、明確な理由。知られてしまったことを悔やんでいるというか、恥じているのだろうか。

 一介のクラスメイトに家庭環境が知られてしまうというものはキツイものがある。口止めする為に、更に誰も居ないような部屋で交渉するつもりに違いない。


 何処に行くのか、そう尋ねるつもりでコウヅキの手を軽く引いてみたが、彼は気にする素振りもなく、ずんずんと進んで行った。

 遂にベランダへと繋ぐ戸を背にした私はアッと気づいてしまった。どっぷりと世界を浸からせてしまうくらい注がれた雨は、日が沈む頃にはウソだったかのように止んでしまっていたのだ。

『雨……降ってないようだな』」

 コウヅキも肌で感じたらしく、そう綴る。

 御屋敷を囲うしっとりとした森の匂いが私達を包んでいる。ベランダにまばらの水溜りを螺旋させていくのは、空から落ちていく群勢の雫ではなく、浴衣から覗く素足だ。

「『コ、コウヅキ……』」

 そう、何度、彼を呼ぼうが返事も振り向くことさえもなかった。


 そして黙ったまま、一つ一つ足を進めていく。


 ベランダから塔へと続く階段を登っていく。

 手すりの隙間から風が通っていて、夏だというのに鳥肌が立ってしまった。その時、私は青冷めてしまう。此処、多分、三階以上。その一言でゾッとしてしまうのだ。私を連れていくコウヅキは何をしたいのだろうか。まさか……、どこかのサスペンスドラマのかのように突き落とすとかじゃないでしょうね。


 嫌な考えが過り、私は頭を振る。

 コウヅキはそういうヤツではない。確かに、自分はヤツに対して当たりが強いけども。それはコウヅキが私の馬鹿げたことを嗜めたり、不審者のFだとか宣うからであって、虐めたりとかそういう意味ではないのだ。

 でも、コウヅキからしたら、私なんておんなじかもしれない。あのキョウさんのような……。

 そんな後ろめたさが心の奥底にある。そらしてはいけないことだと、その思いを持つ私自身に睨み付ける。それが、私ができる最大限のことだ。


 塔の入り口にいる私達の背に夜風が押す。

『いままで、僕のほかは誰もはいったことない』

 彼の冷たい手が宙をなぞる。

『ひとりでいられるから』

 コウヅキが戸を開けると埃が舞う。月明かりしか灯されてない塔には、普段から誰か生活しているような形跡はない。古びたものと言えば良いのか、アンティークと言えば良いのか、そんな代物ばっかりだ。


 大きな窓が夜空を映し出していた。

「『ほしがいっぱい……』」

 森の中に閉じこもるかのように若しくは隠れて生きるかのように造られたのだろうかと、私は思ってしまう。だって、町の方は燈が点々と点いているおかげか背が高い建物も所々あって空を覆いかぶる所為か、星が見える時なんてないのだ。だからこそ思ってしまうのだ、この星々を独り占めする冷たい宝箱があるとするなら此処ではないかと。

 

『ここは、きれいなところらしい』

 そう父も言っていたと、続ける彼の手に私は驚いた。

 彼は口止めしようだとか考えていないのだ。剣呑な家族間というか複雑な家での関係性を見せてしまったことに対する詫びのようなものらしかった。


 だが、そうであって、そうではなかった。

『僕にはあるかどうかさえもわからない』

「『でも、あるよ!』」

 月の光が照らしても星々がチリチリと燃えていても、彼の目には通らない。映せないとばかりに、コウヅキは苦笑した。

『へんな所だってわかったろ』

「『そんなこと……!』」

 わざと口角を上げたコウヅキの言葉に、否定したかったけど、その先の一言に繋がらない。何て言って良いのかわからないのだ。


 彼は、先に続く言葉に待ちくたびれてしまったのだと振る舞った。

『こんなばしょでも、ほしが見えたのは、きぼうがあるからだ』

 君にはねと、紡ぎながら。

『僕は、みはなされているみたいだから』

 そう、寂しく突き放した伝え方を彼はしたのだ。


 私は、コウヅキが言い放ったその一言が無性に許せなく感じた。自分にはあって、アンタにはない? そんな一言で片付けられて良いものじゃない、あの宙に灯る星は……、星は……!

「『そんなことない‼︎』」

 淀んだ空気の中に響く私の声と共に書き出した指文字に頼る。希望なんて信じない彼の手の平に伝わってと願いを届けながら。

「『たしかに、ここって、コウヅキにたいしてなんかピリピリしたくうきかんある所だけど!』」

『へぇ、F、そう思っていたのか』

 墓穴を掘ってしまった私に、彼は呆れくさった顔をした。


 私はムッとしながら。

「『そうだけど、そうじゃなくて‼︎』」

 自分が伝えたい大きくて小さい、本当の真意になるまで削ってみせる。

「『ほしが見えないときは雲におおわれているんだよ』」

 コウヅキは一瞬、目を見開いた。どうにか、私のその一言を拳の中に入れてみせただろうけれど、彼の目線は泳いでいた。何かを掴もうと躍起になっていたんだと思う。


 彼は守っていたいのだろうか。

『それでも、見えないときは?』

 彼自身の中に存在する世界で生きていく理。

 白く浮かぶコウヅキの手は宙から落ちていく彗星のようにみえる。


 口篭っても私は言ってやりたかった。コウヅキは賢いから知っているはずだけれど、背け続けていること。

「『それは……』」

 彼の手の平に綴る。

「『下をむいているからだよ』」

 喉から舌先へゴロンと出た伝えたかった一言がどうか、皇月レノンに伝わりますように。

 雲に覆い隠されようとも見えなくても、頭上には確かに希望の数だけ輝く星があるということを。





 変なアイツが僕に伝えたかったことは、ひしひしと充分に解っていた。いや、最初から知っていたけれど、とうに諦めていたものだ。それも違うな、諦めたふりをし続けていただけだ。


 見えない光。

 何時も腕に抱えている本は、重く、嬉々として項を捲るもの。それを何時も指先に触れて読んでいた。

 捨てきれなかった、知識欲。


 忘れた星の輝き。

 飲み込んで理解したことは軽やかに僕の掌の中に踊っていく。それを誰かに教えたかった。

 周囲の目も事情も自身の立ち位置があっても、夢は未だ鈍く反射する。


 ですが、道化師があんなに信じている花はけっして枯れることなんてないのです。

「この花はきっと枯れやしないよ、道化師が大切に思っているのだから、ぼくだってそうであってほしいと思うのだから」

 道化師が浮かべていたなみだはきっと夜空の星になったのでしょうか、月の王子様のことばがかがやいて見えたのです


 『月の王子様』 弓弦・作の一節

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