二章 禍福不朽
夜勤の明け、行きつけのアタシより一回り年下の杖をついたマスターが営む喫茶店「白溺」に向かう。
関西名物の半分ボケ位の勢いで、最初に頼んだ「喫茶店で昼間からビール」が成立して以来、夜勤帰りに一杯飲みに寄っているのだ。
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山奥の宗教系列の全寮制の女子高校、戸上学園から拉致されたと言うか逃げ出した私は、ある組織に保護された。その組織の名前は「緑の地」と言う名前の組織だった。
保護された先でも、私は全寮制の共学の学校---と言うか養成所で生活する事となった。
まぁ、でも、養成所は、単位制の飛び級制度があったおかげで、一年半で私は卒業できた。特に戦闘術の授業は、元々部活で格闘技をしていた分、すぐに覚える事ができた。
座学で学んだ事は、組織について。社会について。そして、異端について。
異端とは、現実から目を背けた人間が成るーーー堕ちるモノで、超常能力を宿すモノである。
しかし、その能力は、使えば使うほど人を異端に引き込んで行き、人間性を失っていく。異端を宿しながらも人でいられている者が異端者。完全に堕ちてしまった、人間性を失ってしまった物が異端物。
そして、どうあがいても、人が生きている以上生まれてしまう人でなしと、共生して行こう、と言うのが「緑の地」の方針である。
ただ、動物と共生しようと昔から人はしていたが、人に仇なす、血の味を覚えた獣は排除されていたわけで。
異端物と堕ちて仕舞えば、無力化して幽閉するか、ーーーーーマタギが熊を殺すように、排除するしか無いのだ。
私は養成所での適正検査をした際に、そのマタギ役に適性を見出された。いや、他の適性が出なかった。
私には、人としての倫理観が欠落しているそうで。だって、知っているから。親は、子を無条件で愛する者じゃなくって。親は親である前に人間だって。
普通それは、大人になってから知って、知らなくて、それでも人であることを殺して親で在った事を知って、知らなくて、だからこそできるのが、したいと思うのが、親孝行で。
更に言えば、あの学園の教育も私には大変よろしくなかった。
ひたすら倫理観を説くあの教育が、汚い宗教で集めた金で成り立って、鴨を育てている事業だって知ってたから。
倫理観なんて、なんて薄っぺらい。剥がしてしまえば直ぐにその黒い黒い身が露呈してしまう。あぁ、大人って汚ったない。あぁ、人っておぞましい。
昨夜、チンピラから手に入れた薬の正体は、ハイになる薬で、「デグレックス」と呼ばれてこの街で今流行っているものらしい。
チンピラを絞って手に入れた情報以外は何も手に入らなかったので、とりあえずドラッグは「緑の地」で解析してもらうとして。
食堂に降りて、ビジネスホテルの朝御飯を食べる。しょぼいバイキングを食べに、想像よりも沢山の人が出てくる。こんなに泊まってたのかぁ…。
まぁ、味は悪くないバイキングだった。コーヒーを飲んで、部屋に戻って、シャワーを浴びる。
伸びを一度して。さて。
…寝るか。
部屋の電話が鳴る。フロントからで、入電があったらしい。
「おい、早く降りてこい。」
低い声が聞こえる。
せっかちだなぁ。
「寝たいのですが。」
「ダメだ。働くぞ。」
面倒だなぁ…。
「ゆーきゅー申請で。」
「当日有給は皆勤賞から外れて若干減給だぞ?」
「…ここって労働者の権利を尊重しないの?」
舌打ちする私。
「さぁな。」
就業規則、見てなかったなぁ…。今度コピーしとこ。あれば、だけど。
よいこらと着替えて、フロントに鍵を預けて待ち合わせの噴水前へ。
「行こうか。」
それだけを言って、吸っていたタバコを揉み消してシックススは歩き出す。特に朝の件に関して言うつもりはないらしい。存外器が大きい。
「どこに?」
「観光名所でも行くか。」
はぁ。
「人が集まる所は、一応目を通した方がいい。任務的にも人生的にも。」
「人生的にも、って、そんな事考えるのですね。」
「…いや、人の受け売りだ。」
なるほど。
…そういえば私って人に言葉を受け売られた事ないなぁ…。
虚無僧が立ち、修道服が立ち、若者がうろつき、老若男女が生活する街を歩き、観光名所---至空教の総本山の寺に着く。
「悪趣味なでっかいお寺…。」
以上、私の感想。
「感想はそれだけか。」
「文句あるなら、貴方のも教えてみなさいよ。」
「普通に攻めるなら攻めにくそう。出口も沢山あるし、見た感じはワンフロアだし、火攻めも効かなさそう。ガスも同文。隠れて入るしかないか、ってとこ。」
まともだ。そりゃ観光にきたわけじゃないからなぁ…。
「…あっはっはっはっは。でもそんな事する必要ないでしょ?別に私たちこの宗教の捜査に来たわけじゃないし。」
「…だといいがな。」
そう言って、彼は中の展示物を見るために必要なチケットを購入しに受付に行く。
買って帰ってきた彼は、
「ん。」
と、私にチケットを一枚と数日後に迫ったこの宗教の大イベント『篝繋ぎ』のパンフレットを押し付け、入り口へ。優しいように見えるが当然経費で落ちます。
中に入ると、当然和。全部木でできているように表向きは見えてしまう。
荘厳な雰囲気、といえば通っぽいが、私には無駄に薄暗く感じておしまい。
なんだか神などと自分で名乗ったんだか、祀りあげられたのか、人型の巨大な古いらしい銅像がいくつかある。
「似た様な像ばっかだけど、これって一体何見るの?」
「さぁな。作った人の技術とかじゃないか?」
「…アニメとかのフィギュアの由来って、まさかこれ?」
「…まさかなぁ…って言いたいが、まさかかもしれないな。あってないような像に 感動してんだからなぁ…。」
仮に、アニメ絵の銅像があったとして、その方は何百年経っても世間一般には有り難がられないだろうから、つくづくデザイン性の重要度を感じてしまう。
流れるように見学ルートを歩き、出口付近へ。如何に二人揃って興味が無かったか露呈してしまう。
出口前のベンチに座り、二人で各々ジュースとコーヒーを飲む。
「退屈でつまらなかった。」
「…君、マジで言ってんのか?」
「え!?アレ面白かったですか!?」
「はぁ…。」
沈痛な面持ちで溜息を疲れる。
「君ねぇ…。観光に来たんじゃないんだからさぁ…。ほかに何か感じないのか?」
あー、そっち。
「若い人、いなかった。」
それを聞いて、シックススは驚いた顔をし、笑う。
「なんだ、分かってるじゃないか。」
そうなのだ。いないのだ。老人が見学しているのはいた。しかし、若者はいないのだ。
街ではあんなに若者が縋り付いて祈っていたのに。
「でも、だから、どうなんですか?」
「どうなんだろうな。」
彼は薄ら笑いを浮かべたまま、コーヒーを飲み干した。
そこから、また暫く私自身はあてもなく、シックススについてウロウロしてまわった。
お祭りでもないのに屋台が出ていたり、何度思っても異様な景色だ。
シックススはキョロキョロはしないが、周りを見渡しながら歩いている様だ。
「武器の用意は、してきてるか?」
「えぇ、一応。」
背中に手を回すと、服で隠してあるが、支給された刃の太いナイフがある。
「結構。では、昨日行かなかった辺りにまででも行ってみようか。」
そう言って、彼は歩き出す。
歩く様子に迷いはない。
向かう先は異臭のする、ゴミが散らかっており、見るからに治安の悪そうな路地裏だった。
「うはぁ…。」
活動している新興宗教「アノムの目」の者…は、いいとして、所々にダンボールの上で寝ている人や、大きなリヤカーを引いている人がいる。道の上にビニールシートを敷き、汚い商品で商いをしている者もいる。
「人としての境界から外れた者…。」
異端の定義が口から出てしまう。
彼らは果たして、ここで、ここで生きてて、人として生きているのだろうか。
「…微妙だな。その基準だと、異能が無くても、彼らも異端になるのかもしれない。路上で生きるなんて、人としてらしくないからな。」
「…なら、何でコイツら保護されないの?」
「問題を起こさないから。問題を起こさないってことは問題なしって事さ。」
「でも、問題じゃないの?」
「問題だよ。どのみちこんな生活をしていたら、大概は欲に負けて、踏み外す。そうなったら、保護されるだろうさ。」
「…そうなるって、わかってても、保護されない、か。」
「あぁ…。そう言う時代なのさ。」
ならば。
「どうせ生きてても、どん詰まりなら。」
人に仇なす前に。
「…確かに、それは救いなのかもしれない。だが、現行、その救いは罪となる。…必ず堕ちてしまう、ってわけじゃないから、少しでも可能性に賭けたいんだろうな。」
有って無いような可能性。
「それってさ、臆病だから現実から目を背けているんじゃ無いの?」
それも、定義。
「そうだな。だから、異端も人なんだってことだろうさ。」
そんな、話をしていて、この汚い通りの再奥に着く。
彼は少し、何かを考え、来た道を引き返す。そして途中の更に汚い路地に入る。
「…いいかな。」
「何が?」
「追けられてんの、気がついてたかい?」
「…も、もちろん。」
「はぁ…。」
呆れられる。
「で、その追跡者は?」
「引き返したから、どっか行ったさ。」
「むぅ。」
「今日は、帰るか。」
時間は15時ごろ。
ここから引き返した頃には日も大分沈んでいる事であろう。
ぐねぐねと迷路の様な路地を歩いたその先に。
人が転がっていた。
若者だ。
仰向けにすると、どっかで見た様な気がする若者で、浅い呼吸をし、意識が朦朧としている。
よくよく見ると、右腕が腫れ上がっている。
「これ、折れてませんか?…酷い。誰がこんなことを…。」
切ない表情をしながらシックスの方を見ると、冷たい目で私を見ている。
「…誰だろうな、こんな酷いことをするのは。」
「本当に酷い…。まぁ、でも生きてるし、いっか。死んでても困んねーし。」
再びうつ伏せにしてやる。
「さ、帰りましょうか。」
朗らかに言う。
「…なんも言えねぇ。」
そう言って、男を再度仰向けにし、服の中を漁る。
「昨日の今日でお金は持ってないでしょう。」
「鬼畜だな、君。…っと、あった。」
薬の錠剤が、昨日より多く出てくる。
「急性中毒かな、この症状は。だが、ここいらには救急処置ができるところもない。」
「自業自得だから、ほっといても良いのでは?」
「…そうかもしれないがな、まだ助かる命だ。救えるなら救おう。」
彼は移送の準備をしだす。すると、
「あ!せんせい!?」
と、はしゃいだ声を出して女が近づいてくる。
大きなフードを被り、青いワンピースで、背が小さく、胸もあまりない。
子供?
つけていたのはこの子だろう。こんな場所でこんな奴。怪しいとしか言いようがない。
「…来たか。」
シックススは呟く。
「せんせいじゃ…ない…。もう追いついちゃったんだ…。」
元気がなくなる。そして、
「なんで、せんせいの杖、持ってんの!?」
怒りの表情を見せた少女はポケットに手を突っ込み、銃を取り出す。
「私が応対するので、撤退して。」
「わかった。」
「時間かけてもいられないし、二人で来てよ!」
安い挑発をされる。
「お前程度、私だけで十分よ。」
私はそう吐き捨てながら、ナイフを抜く。
照準に合わないように、ジグザグに跳び、距離を詰め、一閃。
しかし、一撃は服すらもかすらない。
しゃがんで躱され、足を刈られるが、片手で地面に手をつき、そのまま踵落としをする。手応え、と言うより足応えがあるが、相手も手で防いでいる。そのまま私の足を掴み、後方に投げ捨てられる。
なんて力。その小柄な体からは考えられない。
しかし、辛うじて私も帽子を剥ぎ取ってやる。
中から出てくるのは、耳。
獣の耳。
コスプレ?フードの下に?
意味がわからない。
彼女はそれでも御構い無しに、馬鹿者を引きずり、路地から出ようとするシックススに発砲をする。
直撃…の筈なのに、彼は馬鹿者を引きずり、路地を脱する。
「えぇ!?なんで!?」
少女は文句を吐きながら追いかけて行く。
「あ、待て!!ガキ!!」
私も立ち上がり、追いかける。
が、
「ふげっ!」
足を引っ掛け、途中で転ぶ。
そこに、
「何処行くんだ。」
と、シックススが私の足を掴んだようだ。
「何しやがる!?」
「いや、今君に出ていかれると困るし。と言うか、さっさとここから去ろう。」
「じゃなくって、なんで、貴方…!」
「行くぞ。」
質問は無視され、シックススは男を引き摺りながら、あの女の子と違う方に進むため私も黙ってそれに従った。
「緑の地」の息のかかった病院にタクシーで搬送し、年のいった当直の看護師に彼を預ける。
タクシーをを拾う途中で、事切れた男が二人、いたが、手が一杯だった為、「緑の地」に通報してそのまま置いてきたがーーー
「昨日の二人だろうな。」
シックススはボソリと言う。
顔が完膚なきまでに潰されてて、判断できなかったが、あの状況ならそうだろうと、私でも推理できる。
「あのガキ、何?」
襲って来た、銃を持った、獣耳の少女。
「獣耳…付いてたな。」
「コスプレ?」
「痛い少女…無くはないが無いだろう。」
そら実銃何て痛い子は持てないだろうさ。
「「赤き砂」に、人と獣を組み合わせて人工的に戦闘用の人間を作ってるって、噂は「緑の地」本部で聞いた事があったが…。まさか、本当だったのか…?」
「赤き砂」、「緑の地」とおおよそ敵対関係にある組織…異端を排除するのが目 的で、その為には手段を厭わず、異端を持って異端の排除にあたり、最期には異端のこの世からの根絶を目標とする組織…。
「だとしてもさ、なんでそんなのがこの街にいるの?」
「さぁな。多分この任務、俺たちが思っているよりも遥かに深い何かがあるんだろうな。」
「深い何か…ねぇ…。面倒臭い…。」
迷惑な話だ。
「それはそれとして、さ。飲みに行かないか?」
「は?」
飲む、とは。
「酒だよ、酒。」
酒。
「一緒に任務をするんだ、そのぐらいしたって悪くない。」
この男からそんな事を言うなんて。
「意外か?まぁ、受け売りだよ。…それでも、酒は嫌いじゃないんだ。どうだろうか。」
照れて、はにかんだ顔でそう述べる。
断る理由も、ないか。
「えぇ、では、よろしく。」