1話
「はぁ、帰りたい。」
俺、宮下叶は誰にも聞こえないような小声でそう呟いた。
周囲の喧騒に掻き消されるはずであっても、今日は入学初日。
こんな初っ端、悪目立ちしてこれからの三年間に悪影響を与える訳にはいかない。
午前中のオリエンテーションを終えた教室内は、新入生たちの期待と不安で渦巻いている。
「宮下くん?ちょっといいか?」
そんな俺の斜に構えた頭の中を知ってか知らずか話しかけてくる男がいる。
牛乳瓶の底みたいな丸メガネをかけており、いわゆる誰もが想像するひと昔前の学級委員長のような風貌ではあるのだが、背がやたらと高く筋肉質、見るからにスポーツをやっていますよという体格だ。顔と身体がまったく似つかわしくない。
「さっきのオリエンテーション、災難だったな……。僕も巻き込まれた側だけど、副委員長として出来るサポートは全力でするつもりだ!何か手伝えることがあったら遠慮せず言ってくれ!」
「じゃあ、クラス委員長変わってくれ。」
「断る!」
こいつはたしか藤堂葵。
オリエンテーションでクラスの副委員長に選ばれていたやつだ。
高校生にもなると誰もなんちゃら委員なんて役職に就きたがらないのは俺のクラスでも共通認識だったらしく、案の定誰も立候補者がいなかったため、最終的に担任教師が指名することとなった。
「そういえば千早先生に呼ばれていたよな?僕はこのあと中学の頃の先輩から部活の体験入部に誘われていてね。声をかけておいてすまないが今日は手伝えそうにない……」
「気にすんな。また今度頼むよ」
ほんとうに申し訳なさそうな表情をし、何度もこちらに手を合わせながら教室を後にする藤堂を見送りながら、担任に呼び出されていたことを思い出す。
「飯食ってから、職員室行くか」
入学初日でほぼ新品のスクールバッグからぐちゃぐちゃに潰れた惣菜パンと自前のおにぎりを取り出す。両親は共働きのため、中学の頃から昼はいつもこんな感じだ。
ふと周囲を見渡すと、すでにグループの形成が始まっているのか複数人の女子生徒が机をくっつけて一つの小さな島を完成させていた。
「群れないといけない病気にでも……」
またしても小声でぼそりと呟く。
人を見下すような言葉を発する自分に嫌気が差す。
もちろん女子生徒たちには聞こえていないと思うが、そん中の一人と目が合ったような気がして出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
どこか居心地が悪くなり、惣菜パンとおにぎりを急ぎ足で口に入れる。
授業で使う教科書の確認やクラスでの自己紹介、その他諸々の連絡事項を含む入学時オリエンテーションは午前中で終わり、午後からは部活紹介となる。部活動に入る予定のない俺は、午前中が終わった時点で帰宅してもよかったのだが、担任との約束もあるためしぶしぶ職員室に向かうことにした。




