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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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前夜祭 2

「つまり、即位の式典に王妃がいないのはうまくない。ということか?」

色々な経緯はすっ飛ばしているものの、ココレアもレンオも彼女の頭の回転の速さには内心舌を巻く。

「通常なら新国王となられるのは早くて30代あたりだが、セレン様は国王がお年を召してから生まれた唯一の男子。そのため若干19歳で即位されることになる」

「本来は王になる頃には嫁の1人や2人いるものだが、今回の王子はまだ学生。だが即位式で恰好をつけるため、急いで候補の女を見繕う、と」

スズの無礼な言い回しに顔をしかめたレンオであったが、実際にはその筋書きが真実なのだから何も言えなかった。

 実際問題、国王即位の儀に妻である王妃がいなかったことなどアンザネイス1000年の歴史で一度たりともない。祝典の席も儀式も2人であることが前提だし、夫婦で参列する諸外国の貴賓に対しても体裁が悪い。

だから新国王にはそれまでになんとか相手を用意する必要があった。王族がいきなり結婚という訳にはいかないので、結婚の半年前までに婚約を済ませそれから即位という流れになる。その順序を踏まえ、、5日後の生誕祭最終日がセレン王子の婚約者を発表する場になると前々より王宮から公示がされていたのだった。

 「もしや、その王妃になるのがあの高飛車女ということか?」

スズの言葉にレンオが気色ばむのが分かったらから、ココレアは慌てて2人の間に割って入る。

「ティア様は、貴族学校の女子の中では一番のお家柄。恐らく彼女が王太子の婚約者に選ばれるのだと……皆が言っているわ」

そんな執り成しに、向かい側のレンオは小さく息をつく。

「まだ社交界に出ておられないセレン様は、学校の生徒の中から婚約者を選ぶことになるだろう。ご実家の爵位やご年齢を考えれば、ティア様以外の選択肢はない」

そう続けられた説明に、スズとしては昨日の異様な雰囲気の全容が漸く分かった気がした。

「だから、誰もあの女に逆らえなかったのだな」

「次の王妃様の命には従わないと、ね」

そう微笑むココレアの顔は何故か少し悲しそうに見える。自分を虐める相手が最高位につくとなれば誰だって面白くないからそんな反応は当然だろう。しかし、そんな友人を眺めるのスズの視線は何かを(いぶか)しむようなものだった。

 「これからはティア様を中心に社交界は回ってゆくのだから、上手にご機嫌をとってくれないと困る。君はただでさえ劣った存在なのだから」

「はい」

吐き捨てるようなレンオにココレアは申し訳なさそうに笑顔で頷く。疑問も持たず、そんないつも通りのやり取りを疑問にも思わず交わしていた二人だったが。

「婚約者同士のことに口を挟むのは無作法だが。其方(そなた)は少しココレアを邪険に扱いすぎではないか?」

突然水を差す言葉を口にしたスズへ驚いて顔を向ける。

「なんだと?」

「其方のほうが確かに立場は上なのだろう。しかし自らが婚約者に選んだ相手なのだから……」

「黙れっ、この薄汚い異国の女が!」

仲裁に入ろうとしていたココレアは、初めて聞くレンオの怒鳴り声に思わず全身を凍りつかせた。

「何も、知らぬくせに……っ!」

青ざめた顔つきでスズを睨みつけ、振り上げた拳をあわや振り下ろしそうになったが。

 「レンオ様、到着しました」

(ひずめ)と車輪の音が止み、僅かな振動が3人の体を揺らす。いつの間にか馬車は貴族学校の車寄せへと到着していた。

「……ああ」

スズを睨みつけたままでぎこちなく腕を下す。開けられた扉の向こうには列を成した馬車と着飾った生徒達が既にひしめき合っている。

「……スズ、ありがとう」

レンオが乱暴に馬車から下りたのを見計らってから、黒いドレスの背中にココレアは申し訳なさそうに声をかけた。

「なに、私が気に入らなかっただけだ。だがな……」

振り返ったスズはいつも通り朗らかだったが、ふいにその声が低くなる。

「ココレアには、もっと自分を大切にして欲しい」

諭すような優しい言葉に、紫色の瞳は静かに曇った。

「でも、あの方は誰にも相手にされなかった私に手を差し伸べてくれたから。……私を、選んでくれたの」

「それでも、この国で唯一の友人があんな扱いをされたら私は悲しい」

ぽつりと呟かれた声に目を(みは)ったココレアだったが、その光もすぐに消えてしまう。

「私が価値がない女なのは、本当のことだし」

「それは、本気で言っているか?」

「……え?」

はっと顔を上げると、逆にココレアを見つめる漆黒の瞳と視線がぶつかった。

「私には、それが本当のお前だとは思えんのだがな」


 パーティーの会場に着きスズと別れてからも、ココレアの頭からはその言葉が離れなかった。

自分とて今の状況が全て正しいとは思わない。けれど現実として自分にはレンオの存在が必要だ。

それに口ではああ言いながらも婚約の申し出をしてくれたのは彼のほう。だから、きっと自分を愛してくれているはず……。

そう自らに言い聞かせ、マントの裾を強く握りしめた。

 「何をもたもたしている」

「は、はい」

前を行くレンオに声をかけられ、はっと小走りにその後を追う。

 パーティーは学校の敷地内にある式典用の大広間で行われるが、列席者はその前に外套や手荷物を預けて身なりを整えなければならない。婚約者同士は同じ控室が割り当てられるから、自然と最初から最後まで行動を共にすることになる。

 「これ以上、恥をかかせないでくれ」

「申し訳、ありません」

苛つく横顔を仰ぎ見れば、さっきのスズの声がよみがえる。

「いいか。君は知らないだろうが、パーティーには優雅な振る舞いと知的な会話が必要なんだ。どっちも持っていない君はせめて周りを見て勉強しなさい」

「……はい」

きっと彼は婚約者である自分を厳しく教育してくれている。決して憎いからではない……。

そう胸に手を当て心を落ち着けようとしていたココレアは、ふいに前方に立ちふさがる人影に足を止めた。

「あら、レンオ様、シェトーさん。ごきげんよう」

現れたのは、サンマン、イェオラ、チェイセオ家の令嬢達。ティアのいつもの取り巻き達だった。

「これは皆様、本日もお綺麗で」

さっきまでの悪態が嘘のようにレンオもにこやかに挨拶を返す。

「偉いわレンオ様。シェトーさんをちゃんと連れて来るなんて」

「てっきり彼女は逃げ出してしまうんでないかと心配していたの」

令嬢達の言葉にココレアは首を傾げるが、レンオは愛想の良い笑顔を浮かべたまま。

「皆様のような育ちの良い方々から、色々と教えてやってください」

「まあ、難しいことを言わないで」

そんな楽し気な会話が繰り広げられるのを、ココレアは一歩下がった位置から別世界の出来事のように眺めていた。

「そういえばレンオ様、メイサが帰って来たのはご存じ?」

イェオラ令嬢の一言に、礼服の背中が少しだけ震えたような気がした。

「……いいえ」

「あら、そうなの。さっきそこで会って私達もびっくり」

「呼んで来て差し上げるわ」

ちらりとココレアを見て目を細めたサンマン伯爵令嬢がドレスの背中を向けてどこかへ走り去って行く。

「驚いたわ。レンオ様とシェトーさんがご婚約されたって聞いた時は」

その後ろ姿を見送ったチェイセオ令嬢がわざとらしく流し目をよこした。

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