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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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前夜祭 1


 前夜祭当日。

 「まあまあ、レンオ様」

「ごきげんよう」

庭先に停まった馬車に、まず家から飛び出してきたのはココレアの祖母と母だった。

「ああ、お気遣いなく」

業者が開けた扉から降りたレンオ・デンサーは、煩わしそうにその歓迎を手で制す。

「いいえ。娘の婚約者殿にご挨拶するのは当然のことですわ」

「今度は、ココレアとの結婚式の相談でお越しくださいね」

2人に囲まれたレンオは、毎度の光景にうんざりと空を仰ぐ。

 このあまり大きくないココレアの実家には、年老いた祖母と実家が名家だったことが自慢の母、それに弟と妹達が暮らしている。こうして訪れると、ココレアには隠れて結婚を急かしたり遠まわしに援助を要求されることが常だ。家長を早くになくしたことは気の毒だが、婚約者を金づるとしてしか見ていないことを隠しもしない態度には毎度辟易してしまう。

 「お待たせしました」

建て付けの悪い正面玄関の扉が開き、薄紅色のマントを身につけたココレアがおずおずと姿を現した。

「それでは」

まだ何かと話したそうな祖母と母から目を逸らしたレンオは素早く馬車の中へと体を戻す。

「いってきます」

「レンオ様にご迷惑をおかけするんじゃないよ」

続いて家族に挨拶を告げたココレアが乗り込むと、その車輪は貴族学校への道を走り出した。


 「申し訳ありません」

車内で2人きりになり、ココレアが口にした言葉が彼女の祖母と母のことだとややあってレンオは気がつく。

「ああ」

「私に貴方のような素敵な婚約者ができたことが嬉しいようで。はしゃいでしまって」

「そうだろうな」

そう言ったきり窓の外を向いてしまう婚約者に、ココレアは笑みを浮かべたままの目線を静かに下す。

 こんなやり取りももう1年前からのこと。話しかけると嫌な顔をするのは最初は慣れていないからだと思っていたが、それは自分と会話をしたくないからだと薄々気がついていた。ココレアにとっては、どうしてそこまで邪険にされるのかずっと分からぬままだった。

 「……そういえば、特級装飾のことはお聞きになりました?」

長い沈黙の後、なんとか会話の糸口を探して口を開いたココレアにゆっくりとレンオは目を向ける。

「ああ、ティア様が提案なさったとか」

「ええ、昨日のお昼休みに」

その時のことを思い出すと、どうしてもここ数日であった彼女との(いさか)いが頭を過り、ココレアの表情は曇る。

「まあ、あの方が仰るのなら仕方ないだろう。私も兄がつけるはずだった装飾を借りてきた」

そんな様子には気づかず語るレンオの礼服の袖は細かい金細工で飾られネクタイの留め具も宝石をあしらった煌びやかなものだ。

 特級装飾とは、本来 王宮で大事な式典がある時にのみ身につけることが許された特別な宝飾品を指す。貴族において装飾は特に重視されるアイテムであり、値段だけではなく歴史的価値や由緒、見た目の美しさを総合的に判断してレベルが設けられる。いくつ最上級の特級装飾を所持しているかがその家の格を測る目安になるとすらされていて、本来なら学生が持ち出すことなどあり得ないものだった。

 「でも、ちょっと急すぎて慌ててしまいました」

「祝い事を華やかにしようというお心遣いだろう。人様を悪く言うのはやめなさい」

微笑んでみせたココレアだったが、冷たく突き放すレンオの声にマントの肩を思わずすくめる。

「……申し訳、ありません」

そう呟くと、再び馬車の中には沈黙が訪れた。

「……それで、君はどうするんだ?」

しばらく俯いて馬車が進む音だけを聞いていたココレアは、レンオの苛ついたような声で再び顔を上げる。

「え?」

なんのことでしょう? そう聞き返そうとしたのだが。

 「おおーい!」

どこからともなく響いてきた暢気な声に、2人は同時に窓の外へ目を向ける。

「スズ」

ココレアが思わず口にした通り、黒い外套を羽織った友人が舗道で元気に手を振っていた。

「奇遇だな。よければ乗せてくれないか」

「ええ」

快く応じてから、ココレアははっと目の前のレンオの顔を見つめる。彼がこの異端の留学生を毛嫌いしていることは前々から聞かされていたのだ。女は家を支えるべき存在で、男のように魔法を学ぶなど生意気だというのがその理由だった。

「……乗せてやれ」

だから勝手に返事したことを咎められると身を縮めたのだが、言ってしまった手前か仕方なさそうにレンオは不機嫌ながら御者にそう言いつけてくれた。

「すまぬな。馬車がつかまらなくて困っていたのだ」

勢いよく乗り込んでココレアの隣に座ったスズをレンオは値踏みでもするように睨みつけている。

「今日は国中どこもパーティーでしょうからね」

「このドレスというのも、私には窮屈でたまらぬ」

そんな会話をしながら黒い外套を(わずら)わしそうに脱ぎすてるが、彼女の首元があらわになった途端ココレアとレンオは思わず息をのんでいた。

「……ん? これか?」

その注目に気がついたのか、スズは金色に輝くネックレスをぞんざいにつまんでみせる。

「それは、本物なのか?」

思わずレンオが聞いてしまったように、菱形が連なった形をした重厚なネックレスはかなりの大きさと質量があるにも関わらず全てが純金でできている。このアンザネイスでは金は特に貴重品であり、レンオの袖口のように僅かな細工でも特級装飾になるほどであった。

「ああ。私の故郷では、その辺を掘れば黄金が出てくるのだ」

だから、あっけらかんと返された言葉にはアンザネイスで生まれ育った2人は己の耳を疑ってしまう。

「この国では高値になると聞いたので一応持ってきていたんだが」

何でもないように笑うスズは、よく見れば腕も髪も全て最高級の金細工がその体を彩っている。

「これは特級装飾というものに値するか?」

両手の金の腕輪を惜しげもなく見せつけるスズに、ココレアは大きく首を縦に振った。

「もちろんよ。王宮中の金を集めても、貴女のネックレスに足らないかもしれない」

「そうか。礼を失せずに済んで安心したぞ」

からからと笑う黒い瞳を、レンオは未知の生物でも見るように眉をひそめ眺める。

「ところで、昨日あの高飛車な女が言っていた『特別な生誕祭』というのは、どういう意味なのだ?」

そんな視線に気づいてか、スズは馬車の主である彼に話題を振った。

「それは、ティア様のことか? それならば訂正して謝罪を……」

「ああ、悪かった。それで、そのティアが言っていた意味を教えてくれ」

「……それは、セレン様のご婚約の発表の場となるからだ」

「婚約?」

厚かましいスズの態度に、面倒そうにレンオは億劫そうにため息をつく。

「セレン様のことは知っているな?」

「この国の王太子だろう?」

昨日聞いたばかりの名をスズが得意そうに答える。

「そうだ。我がアンザネイス王国では、国王は70歳になられたらその玉座を長男に譲られるしきたりがある」

「おお、それも知っているぞ」

「現国王ルヒイド・アンザネイス様は今年御年69歳。つまり来年にはセレン様が新国王になられるということだ」

ざっとした説明だったが、少し思案したスズは理解したらしい。

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