少女の世界 3
「さっきから言っている、その親衛隊というのはなんだ?」
途中で尋ねたスズに、他の男子生徒が「そんなことも知らないのか」とため息をつきながら口を挟んでくる。
「いつもセレン王子のお側にいらっしゃる3人の上級貴族のご子息達のことだ。代々王国の宰相を務めるトゥンドゥーザ家のノヴァ様。国の経済を一任されるカバネッサ家のテオドーラ様。そして軍の最高責任者である大元帥ユーヴィリー家のルーン様。セレン王子とはご年齢も近く皆様お家柄も申し分ないためそのように呼ばれているのだ」
「確か、トゥンドゥーザというのは生徒総鑑だな」
「そうだ。セレン様と同様にこの貴族学校に通われているから、運が良ければ生誕祭ではそのお姿を拝見できるかもしれないぞ」
いつの間にか会話が弾んでいるスズを見つめ、ココレアはそっとその場から離れようとした。
数年で国から去る異邦人だからということもあるが、物怖じせず屈託のないスズはなんだかんだで貴族の子女達と打ち解けることができる。ならば、自分のような嫌われ者の存在は逆に邪魔になるだろうと思っての判断だったが。
「上に立つ者達がその手で国を守るとは素晴らしいことだ。そうだろう?」
そんな気遣いは露ほども知らぬように、スズは天真爛漫な笑顔をココレアへ向けた。
「……ええ、そうね」
「でも、実はもう1人、誰かいたって噂がなかった?」
慌てて足を止めたココレアの肩に手をかけた女子生徒が口を突っ込む。いつの間にか周囲には会話に聞き入る人だかりが出来上がっていた。
「噂?」
「そう。セレン王太子と親衛隊の御三方の他に……女の子が一緒だった、って」
重大な秘密を打ち明けるような言い様に、他の生徒は「聞いたことある」という声もあれば「そんな馬鹿な話あるはずない」と笑いとばしたり、反応は様々だ。
「その時のことは公表されていないのか?」
「軍の機密とかで、詳細は王宮や軍の一部の方々しか知ることが出来ないらしい」
男子生徒から説明を受けたスズは顎に手を当てうーんと考え込む。
「ココレアは、どう思う?」
そして、漆黒の視線は再び友人へと向けられた。
どうしてか、それが何を見透かされたように思えてココレアの体はふいにふらついた。
「……そうね」
けれど、ここで挙動不審になどなってはいけない。スズとて興味のわいた疑問を一番仲の良い自分に聞いてみただけ。そう自らに言い聞かせ、いつもの笑顔を張りつかせる。
「幼年学校は男子しか入学できないんだから、女の子がいたなんて有り得ないんじゃないかしら」
それは客観的にみても説得力のある回答かと思われた。アンザネイスでは軍務に関わるのは男だけで、女性は生涯魔法に触れずに過ごすことがほとんどである。
「確かに、それもそうねえ」
さっきまでは意気込んでいた噂肯定派の女子生徒が残念そうに呟いていると。
「こんな所に集まってどうしたのかしら」
食堂とは反対側の小径から中庭へと近づく甲高い声。群がっていた生徒達が道をあけた向こうには、明らかに怒りを滲ませたティアの姿があった。
「前夜祭は明日だというのに。くだらないお喋りなどして、準備は出来ているのかしら?」
学校の女王ともいえるティアとその取り巻き達の登場に、そこに形成されていた和やかな空気は瞬時に霧散する。
「……そ、そうだ。俺は帰って礼服を選ばなくちゃならないんだ。お前なんか相手にしてられるか、ブス!」
途端に笑顔を消し、スズと話していた男子生徒は顔を背けそそくさと立ち去る。
「わ、私達も別に彼女達と仲良くしてた訳じゃありませんの」
「ほら、あの人達って図々しいから、勝手にお喋りに割り込んできて」
会話に参加していた女子生徒達も聞かれてもいない独り言を残しその場を離れてゆく。
「本当に。今年は特に重要な生誕祭だというのに、どこまでも邪魔ばかりしてくださるのね」
親の仇かというほどに巻いた長い髪を揺らしたティアが冷たい視線を向けたのは、当然ココレアただ一人へであった。
「申し訳、ありません」
昨日のこともあり、揚げ足を取られぬよう視線を伏せ慎重に言葉を選ぶ。
「ふんっ。思ってもないことを」
人前ではこれ以上言いがかりをつけるのは難しいと判断したのか、ティアはふいっと背中を向ける。
「でも、皆さんも貴族学校の生徒である自覚が少し足らないようね」
そうして向き直ったのは、その場に集まっていた他の生徒の面々へだった。
「さっきも言ったように、今回の誕生祭は特別。私達もセレン王太子様をお祝いする気持ちを示さなければならないわ」
自分達がターゲットとなり戸惑いが広がるのにも構わず、声高なティアの演説は続く。
「そうね。かつてない場なのだから、装いは今までにないくらい華やかにしましょうよ?」
ちらっと周囲を見回すアイシャドウの目に、昨日と同じ取り巻き達がすかさず拍手を送る。
「素晴らしいアイデアです」
「きっとセレン様もお喜びになり、ティア様に感謝されますわ」
まるで最初から決まっていた小芝居のようなやり取りにココレアは嫌な予感に襲われた。
「じゃあ、こんなのはどう? 明日の前夜祭は男子も女子も特級装飾でパーティーに参加するの」
だが その一言に驚きの声を上げたのは、むしろ集まった生徒達であった。
「そんな、今から……」
「我が家は父も兄も宮廷のパーティーに参加するので」
「黙りなさい!」
相次ぐ困惑ををサンマン令嬢が一喝した。
「このティア様のご提案なのですよ。逆らってよろしいのかしら?」
高圧的な物言いに、その場の誰もがやむを得ず口をつぐむ。
「分かったら、この旨を全生徒に伝えなさい。私からのお願いと言ってね」
その言葉に何名かの生徒が弾かれたように学内中に走り散って行る。
「これで明日が楽しみになったわ。セレン様はどんなお顔をなさるかしら」
やっと満足そうな表情で一堂を見回したティアは踵を返し元来た道へと足を向けた。
これでとりあえずは解放された……。去ってゆく後ろ姿に気を抜きかけたココレアだったが
「あ、そうそう」
制服には不似合いな高いヒールを鳴らしたティアの足がふいに立ち止まる。
ゆっくりと振り返り、その暗い目はやはり正面からココレアを憎々し気に見据えていた。
「まさか装飾が用意できないなんて、そんな貧しいお家の方はこの貴族学校にはいらっしゃいませんことよね?」
口元が愉悦に歪み、今度こそ本当にティアの高笑いは昼下がりの斜光の中へと消えていった。