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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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少女の世界 2

 「飛んでるな」

食堂を出た中庭でスズが言った一言に、隣のココレアだけでなく周囲の生徒達も一斉に雲一つない空を見上げた。

「魔法空軍だ!」

男子生徒の弾んだ声に周囲からも歓声があがる。

「でも、魔法軍の中でもエリート中のエリートが、どうして」

「生誕祭で何かパフォーマンスをするのかもしれないわ」

ざわつきを聞きながら宙に手を(かざ)すココレアの瞳にも、飛行魔具を操り上空を真っすぐに横切る五つほどの人影が美しく映った。

「他の国でも神通力は発達したが、人が自由自在に飛べるのはさすがにアンザネイスだけだ」

横で関心したように頷くスズに対しココレアはぎこちなく首を傾ける。

「そう、なのね」

「そもそも、人間が羽ばたこうなどと最初に思いついた奴は狂人だろうな」

 ここでスズが笑いながら言った神通力とココレア達のいう魔法力というのは同じものである。

太古より人間には不思議な力が備わっていたが、それは非常に弱く長らく何の役にもたたないものだった。能力値が大きい者は多少人より力が強かったり勘が鋭かったりするが、まだ個性の範疇という程度の認識でしかなかったという。

その力に1000年前に目をつけたのが初代アンザネイス国王だった。彼が息子達へ自ら編み出した魔法力を増幅させる訓練を行わせたところその才がみるみる育ち、それまで人間が持ちえなかった神からの力を授かったと確信したという。

これをきっかけに能力値が高いと思われる男児を集め同じ訓練を施すと驚くほどの開花をみせる者が現れ始める。そうして研究を重ね開発した力を【魔法】と名付け、攻撃性に特化した男子を集めて創設されたのが現在の魔法軍の基礎となった。

 その後、魔法力を背景に王国が世界の覇者となった歴史はココレア達の教科書がしつこく教える通りである。

今ではそれを真似て他の国でも人が持つ能力への考究が進められているが、魔法の力で現在の地位を築いたことを自覚しているアンザネイスは更なる魔法力の発展に力を入れ、他からの追随は許さぬ情勢だ。

 「お前らの国が空を飛べるのは何百年先だろうな」

魔法空軍の軍人達が去った青空を見つめていたスズに、横から下級生の男子が突っかかるように声をかけてきた。

「どういう意味だ?」

「そのままさ。魔法後進国の人間があんな素晴らしい光景を見られるなんて、感謝するんだな」

普段から浮いた存在であり、鼻つまみ者のココレアと一緒にいるスズにここぞとばかり意地悪をしようとしているのだろう。

「ああ、確かにこの国の魔法技術は素晴らしい」

「え」

しかし、そのスズが素直に頷くから相手のほうが拍子抜けしてしまった。

「元々魔法大国のうえ最近では制空権までを手に入れた。当分はアンザネイスの天下が続くだろうな」

 スズの言う通り、人が空を飛ぶという魔法は発明されてまだ10年も経っていない。

現在 空を飛ぶ道具といえばプロペラ式の飛行船くらいで、移動手段になら良いが不安定な機体を戦闘に投入することは無理がある。なので実質的に戦いは陸と海のみで行われていたが、数年前に人間自身が浮き上がるという革新的な技術がアンザネイスで誕生してしまった。空中から火器なり魔法で攻撃されてしまえば地上を這い回る側はひとたまりもない。

 「そ、そうだ。我が国の経験と資金力があれば、もっとすごい魔法だって発明可能だぞ」

「お前達はそれを猿真似するくらいしか出来ないもんな」

「貴方達」

普段は極力目立たぬようにしているココレアだったが、友人を侮辱されさすがに騒ぐ男子達へ視線を向けたのだが。

「そうか。それならば、お前達はその立派な魔法を習得しているのだな」

さも当然のようにスズが投げかけた一言に、彼らは表情を凍らせることとなった。

「え、それは」

「この国には魔法軍の幼年学校があると聞いた」

この場にいる誰もが一番触れて欲しくない話題に近づく言葉に、なんともいえず気まずい空気が流れ始める。

「貴族の男子は全員が入学するんだとか。ならば、お前らもそこで魔法を学んだのだろう?」

すらすらと続けるスズとは対照的に、昼下がりの中庭は段々と静まり返っていった。

 彼女が並べ立てた知識は間違いのないものだった。なんせ留学生はアンザネイスについて一通りの言語や歴史、文化や制度なんてものを事前に勉強してからやって来る。

- アンザネイス王国の正規軍は陸軍、海軍、魔法軍の三つに分けられる。全ての貴族階級の男子は二年間幼年学校への入学が義務付けられている -

スズはちゃんと資料で読んだその記述を覚えていた。

 ならば、この不穏な空気は何かといえば、よくある理想の形骸化というものに他ならない。

 アンザネイスでは、正規の軍学校で専門の訓練を受けた者が特性にあわせ陸・海・魔法へ振り分けられ軍の将官となる。

幼年学校はその下部組織で、10歳から14歳の男子を対象に基本的な武器の扱いや魔法力を学ぶ場で、貴族も庶民もアンザネイス国民であれば誰もが無料で入学することが出来る。貴族の男子は貴族学校入学前に全員が幼年学校の義務を終えているはずとなる。

しかし、国が豊かで平和になるにつれ貴族達は戦いを忘れていった。武勲の褒美で爵位を戴いた家でさえ子や孫の代にはダンスや音楽に興じ、わざわざ辛く厳しい訓練などは忌避すべきものになる。

今では何かしら理由をつけて軍務を回避することがほとんどで、貴族の子息達は魔法どころか剣の扱いさえ知らぬ者がほとんどというのが実情であった。

 「……それは、だから」

そんな有り様だから、当然スズを小馬鹿にしていた男子生徒達は言葉に詰まる。貴族の男子は医者に虚偽の診断書を作らせたり身代わりをたて幼年学校から逃げることが暗黙の了解になっている。だから貴族の間では幼年学校の存在はないものとして扱われるのだが、その地雷を異国人であるスズは真正面から踏み抜いてくれたという訳だった。

 普段は威張り散らしている男子達が目を白黒させる様子が少し可笑しくて笑いを嚙み殺したココレアだったが、さすがにこの雰囲気が続くのはまずい。なにか話題を逸らそうと、唇を開きかけたのだが。

「で、でもね。王太子様や親衛隊の皆様が他国の敵を撃退したこともあったのよ!」

同じようにこの空気に堪えられなくなったのか、近くにいた女子生徒の1人がわざとらしい声で先にそう叫んだ。

「王太子?」

「そ、そうだ。あれはすごかった!」

「お前は最近この国に来たから知らないだろう」

聞き返すスズに、先ほどの男子達もここぞとばかり話の矛先を変える。

「王族が自ら戦場に出向いたということか?」

「おお、その通りだ」

うまい具合に話にのってきた留学生に機嫌を良くしたのか、さっきまで逃げ腰だった男子達は自分のことかのように得意気に語り出した。

「まず、セレン様のことは当然 知っているな?」

「この国の第一王子だろう?」

スズが答える通り、アンザネイスの現国王には9人の子供がいる。9番目に生まれたのが唯一の男子であり跡継ぎのセレン・アンザネイスである。

「そうだ。お目にかかる機会は少ないが、18歳のためこの貴族学校の生徒でもあられる」

「ほう。王子がここにいるのか。ぜひ拝顔を得たいものだな」

頷くスズと巷説を滑らかに喋る男子生徒は不思議と話が嚙み合っていて、そんな様子をココレアはそっと見守った。

「セレン様は幼い頃から高邁(こうまい)な精神を持たれ、自ら望んで幼年学校で武術と魔法を学ばれた。現在の親衛隊の方々と知りあわれたのもその時だ」

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