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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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少女の世界 1

 

 婚約者という存在は、このアンザネイス王国と他の国とではその持つ意味が大分異なる。

貴族にとって配偶者はあくまで家柄の価値や地位を高めるための存在であり、実際に結婚してからそれが失敗だったということは許されない。

だからこそ、貴族学校では婚約者として異性と家ぐるみのつきあいをし、互いにメリットがあるのかを実践的に見極める。庶民の恋人同士とは男女の関わり方が違うのは貴族社会の特徴の一つでもあった。


 「では、家同士が上手くいかなければ、『はい、さよなら』ということか?」

ティアとの一件の翌日。学校の食堂の椅子にもたれ感嘆とも呆れともいえぬ声を出すスズに、ココレアは肩をすくめ小さく笑う。

「そこまで単純ではないけれど。まあ、そうかも」

 優雅な装飾が施された歴史を感じさせるテーブルと椅子。銀の皿とカラトリーが隅々まで磨き上げれ、テーブルクロスの上に丁寧に並ぶ。

 「私には分からぬ世界だ」

しかし そんな上品な品たちを前にしてもスズのあっけらかんとした態度は相変わらずだった。

 アンザネイスの貴族学校といえば世界の教育の中心地でもある。当然そこに通えるのはこの国の貴族の子供達だが、いくらかの例外も存在する。

アンザネイスの庶民の中でも特に優秀な成績を修めたり親が裏で莫大な金を積んだ者。または他国の王族や貴族の子供、各国で特別な才能を認められた留学生達。少数ではあるがそんな面々が勉学に励んだり外交の一環として在学を許されていた。

スズもその留学生の一人で、ココレアなどは初めて聞く遠い東の果ての国からやって来たという。彼女はこちらでいう魔法を操る家系の出で、その技術を学ぶために入学が許可されたのだと以前 聞いたことがあった。

 「そんな風習などやめて、好き同士でくっついてしまえばいいのに」

続けて当然のように言い放つスズに、周囲にいた女子生徒達がびっくりして振り返りきっと睨みつけている。

「声が大きい」

「おお、すまぬ」

歯に衣着せぬ態度にココレアが冷や冷やするのは毎度のことだったが、この国に縛られない彼女の自由さを密かに羨ましくも思うこともあった。

「では、ココレアの婚約者とも家同士の契約で知り合ったのか?」

「え、急になに?」

だから慣れないナイフとフォークに悪戦苦闘する友人を微笑ましく眺めていたココレアは、危うく飲んでいたジュースにむせかえってしまった。

「気になるではないか。この堅物がどんな風に婚約者殿と出会ったのか」

「……それは」

悪戯そうな笑みに、ジュースが残ったままのグラスをテーブルに置きもごもごと下を向く。

「お、その反応は見合いというかんじではないな」

この国では珍しい漆黒の瞳を輝かせたスズが身を乗り出す。

「……レンオ様は、私をダンスに誘ってくださったの」

「ダンス?」

観念したココレアは、ちょうど一年前のことを思い出しながら唇を開いた。


 生誕祭はアンザネイス王国の年に一度の一大行事である。

初代国王の誕生日とこの国の建国がちょうど同時期のため、毎年10月の5日間をかけての祭りが国をあげて行われる。しかも現在においては王太子であるセレン・アンザネイスの誕生日もたまたま10月ということもあり、ここ最近は(とみ)に盛大なものとなっていた。

 5日間の過ごし方はいつからか決まっていて、祭りが始まる前日は各地で前夜祭、祭りの1日目から3日目までは家族や婚約者、または仲の良い仲間と過ごし、4日目にまた大勢で集まりパーティー。最終日の5日目は王国の中央広場で全国民参加の祝典という流れだ。

 1年前の前夜祭にココレアは一人きりで参加していた。

当然 生誕祭関係のイベントは国の中心地である王宮で華やかに開催されるが、貴族学校もそれを模したパーティーが学校主催で行われる。

入学した年はまだ婚約者がいる生徒も少なかったが、2年目の16歳にもなると同窓のほとんどに決まった相手ができていた。当然だが、婚約者を得られない、特に身分の低い女は価値のない底辺の存在と見なされてしまう。

 「あの子、もしかして一人なの?」

「ほら、例の子よ」

「ああ、ドレスを3着しか持ってないって噂の」

パーティーのダンスは婚約者や狙いをつけた異性を誘うと相場が決まっている。壁に背をつけ孤独に俯くココレアは格好の好奇の的だった。

 家格もない、持参金もない、それどころか結婚したら大家族の面倒がついてくる。そんな女に結婚を申し込もうという酔狂な男はまずいない。ならば女のほうから必死にアピールして自分を売り込まねばならないのだが、ココレアはどうしてもそんな気にはなれずにいた。

厄介しか持っていないくせにプライドばかり高い勘違い女。それが16歳のココレア・シェトーに与えられた世間からの評価であった。

 そんな軽蔑の眼差しに耐えながら、渦中のココレアはドレス用の手袋の中で冷えた手をきつく握りしめていた。

 自分はどうしてここに来てしまったのだろう。顔も名前さえ知らない人々に嘲笑われ、明日には更に多くの笑い話のネタにされることだろう。そうまでして、自分を安売りすることになんの意味があるのか……。

そんな暗い気持ちに胸に圧し潰されそうになったが、国の祝い事であるパーティーを勝手に退席することなどは許されない。それも貴族の逃れられない決まり事の一つだった。

 さすがのココレアも、永遠に続くと思われたその時間に心が折れかけそうになっていた時。

「ダンスを」

すっと目の前に差し出された礼服の右手。

はっと顔を上げた目の前には、亜麻色の髪をした男が立っていた。

「あの、貴方は……」

「一学年上のレンオ・デンサー」

髪と同じ色をした太い眉とぼそぼそとした喋り声。話したことはないが彼のことはココレアも知っていた。

「何故、あなたのような方が私に?」

デンサー伯爵家といえば王都の公共事業を多く請負い、慈善活動家としても有名な名家。それがどうして明らかないわくつきである自分などに声をかけているのか。

「遅れてきたので、ダンスの相手が見つからず困っていた」

そんなココレアの心中を読んだようにレンオは不愛想だが静かに語る。

「でも……」

「いいから」

動けずにいたココレアの手袋の手が、声を出す間もなく強く引っ張られた。

周囲の刺々しい視線を感じて、こんな自分で申し訳ないと、まずそんな気持ちが頭を(よぎ)過る。

……でも。

「ありがとう、ございます」

すり減ったヒールの足は、躊躇いながらもレンオに誘われ華やかなダンスホールの中へと踏み出していった。


 「それで、生誕祭の最終日にお申し出をいただいて」

正式に婚約者となったのだと、小さな声でココレアはスズに説明を終えた。

「……ふうん」

「あんな家柄の方が私を選んでくださるなんて、ありがたい話」

 ココレアとは違い、レンオのような御曹司がこの年齢で婚約者を得ていないことは別段珍しくはない。慌てずとも相手は選り取り見取りだし、なにより慎重に妻となる人物を吟味しなければならない。貴族学校でこれといった出会いがなければ社交界に出てから悩んでも遅くはないのだ。

だからこそ、自分のような女で良かったのかとココレアは何度も尋ねた。その度にレンオはあの困ったような横顔で「別にいい」と素っ気なくだが言ってくれた。

 「ココレアは、それでいいのか?」 

とうにナイフは諦めフォークだけでステーキの肉を口元に運びながらスズがつまらなそうに聞く。

「……当然よ。これ以上の話はないもの」

まだ手をつけていない魚のポワレにココレアはそっと視線を落とした。

レンオとの婚約を逃したら次の縁談などあるはずはない。それどころか下手をしたらシェトー家は爵位を売らねばならぬ状況に追い込まれる可能性すらある。貴族であることが唯一の生き甲斐である祖母や母のためそれだけは避けたかったし、弟が男爵位を継ぐ前に家を潰してしまったら死んだ父にあわせる顔がない。そんな事情から、ココレアには実家を援助をしてもらえる婚約者が何を差し置いても必要であった。

 「そうか」

白けた顔をしたものの、肉を頬張ったスズはそれ以上は何も言わなかった。

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