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ヴァルキリーの恋夜  作者: 木津 ツキ
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巡る季節 4

危ない……っ。と思う余裕なんてなく、私はちびっ子を抱えるように ただ本能のまま逃げ惑う。

「ほら、当たっちまうぞ」

げらげらと笑う男達は無様に遁走する子供達がおかしいのか、残酷な声は段々と大きく夜の近づく倉庫群の中に響いていた。

けれど、その油断がちょっとの幸運も呼んだ。

「行って!」

無我夢中でちびっ子を連れ回していた私は、いつの間にか唯一の逃げ道である物置き場の前へと躍り出る。積んである資材に登れば恐らく壁の向こう側に逃げられるはず。そんな思いから、ぶん投げるようにちびっ子の体を前へと押し出していた。

「お前っ」

「あんただけでも逃げて」

彼が何歳かは知らないけれど確実に私のほうが年上のはず。だから、年少者相手に良い行いをした、と内心満足したのだが……。

「いやだ!」

なんと物置き場の前で足を止めたあいつは、振り向いてそう言ったのだった。

「はあ? だって、あんたずっと怖いって……」

「だけど、お前と皆を置いて行けるかよ!」

霧と魔法の攻撃でけぶる視界の中、目に涙をためた叫びが届く。

「あんたね!」

こんな状況でなにを言っているのか。あんただけでも助かった欲しいのに。

そんな説得を何とか口にしようとした私は発せられる閃光に無意識に瞼を閉じていた。

「うあっ」

次の瞬間に感じたのは衝撃波。その後に体が浮かび上がりどこかに叩きつけられた痛み。直撃こそしなかったけれど、間近で攻撃に巻き込まれたのは明白だった。

「い、った」

一瞬意識がとんだ気がしたけれど、そんな悠長なことを言ってられるのもそれまで。

地べたに倒れ込んだ私は、目の前で走り去ろうとしている少年4人の背中、それと

「おい、女だけでも捕獲しろ」

背後から迫りくる不良達の声を聞いた。

状況的には、セレンやちびっ子はうまく合流してこの場を脱出できる見込みのようだ。

ああ、良かった。

そう思ったのは強がりではなく本心。1人の囮で4人が逃げおおせるならそのほうが効率がいい。それに、私は自分一人なら何とかなるという自負も密かにあった。

それなのに。


「掴まれ」


そのまま資材の山に飛び乗ればこの窮地から脱せられたというのに。……セレンは、わざわざ戻ってきて私に右手を差し出した。

「……なにしてんのよ」

いや、馬鹿だ。彼からしたら勝てるはずのない多勢に無勢の敵。今日初めて話したような見知らぬ子供なんて捨てて逃げればいいのに。

けれど、その生意気そうな金色の瞳はどこまでも澄んで、ただ真っすぐに倒れた私の姿を映していた。

……ああ、今なんだ。

どこか夢でも見ているような心地の中、私は確信する。父上のいう「むやみ」って意味はよく分からない。でも私は今こいつを助けたい、きっとそうしなかったら一生後悔する。

そんな予感がゆらりと私と立ち上がらせた。

「お前」

目の前まで駆け寄っていたセレンが何かを感じ取ったのか差し出していた手をふらりと落とす。

もう急ぐ必要なんてない。だって……。

「おい、観念したか……うがあっ!」

その1秒後には、そこにいた不良達は全員が地面へと這いつくばったのだから。

 天から矢のように降り注ぐ魔法の雨が男達の体を虫けらのようにひっくり返してゆく。

「なんだ、これっ」

すっかり暗くなった空を見上げた奴へ向けてくいっと人差し指を動かせば、宙に留め置いた魔法の塊がその背中へと襲いかかる。

「このガキが、やってんのか?」

「どうなってるんだよ!?」

薄暗い空間に浮かぶ無数の白い光。それは全て私がこの一瞬で生成をしたものだ。

これだけ派手な技を見せれば戦意喪失してくれるかと思ったが甘かった。

「それなら、こっちのガキ共を人質にしろ!」

咄嗟の悪知恵を働かせた一人が茫然と立ち尽くすセレンへ刃物を向け走り出す。

「無駄」

この左手を上げれば、魔法で作った分厚い壁がその男と刃を阻み軽々と吹っ飛ばした。

「……なんだ、こいつ」

「こんな化け物、勝てるはずねえだろ」

思い思いの言葉を最後に残しつつ、倉庫群にたむろっていた不良達は同時にその場になぎ倒される。私がちょっとだけ力を込めた魔法の絨毯爆撃によって。

 濛々とした煙が収まると、そこに残されていたのは木っ端みじんに破壊された倉庫群の建物と死屍累々と転がる男達。

「……死んだ、のか?」

どういう顔をしたらいいか分からず困っていた私に歩み寄ったセレンが言った。

「ううん、気を失ってるだけだと思う。人間には手加減したから」

「これで、手加減ねえ」

続いて隣に並んだ天然パーマ改めテオ。

「う、うん」

怖がられなくて良かった、普通に話してくれて安心した。と思っけれど、冷静になってみればやっちまったという他ない。誰だってこんな有り様を見れば言いたいこと、聞きたいこと、怪しむことは幾らでもあるに決まってる。

「お前、名前は?」

だから、このタイミングで尋ねられた質問に、前みたいに名前だけ答えるのはフェアじゃないと鈍い私だって分かる。

「……ココレア。ココレア・シェトー」

すると、その場に集まった皆の顔が驚愕に変わった気がした。

「……とりあえず、家で話すか」

最初に気を取り直した眼鏡の提案に、私は素直に頷くしかなかった。


 連れて行かれたのは広いと思っていた倉庫群の敷地より更に更に広く、そして豪華絢爛な建築が立ち並ぶそれは立派なお屋敷だった。

 「お帰りなさいませ、ノヴァ様」

私達が裏門から敷地の中へと入ると、執事やメイド達が優しく出迎えてくれる。

「ええと、今日は……」

「図書館に行かれていたのでしょう? 他の皆さまもご一緒だと、それぞれのお屋敷に連絡も済んでいますよ」

「ありがとうございます」

ノヴァと執事の間でさらっと処理された会話で、とりあえず彼等のアリバイは何とかなったのだと理解した。

「君はいいの? お家の人が心配してるんじゃない?」

隣を歩いていたテオに聞かれて逆に私はびっくりする。そうか、普通は子供が夜に出歩いていたら心配するものなのだ。

「大丈夫、夕飯は作ってきたから」

正直に答えるとテオは少しへんな顔はしたが、それ以上の追求はしてこなかった。

 ノヴァが開けたのはひたすら長い廊下を歩いた突き当りの部屋だった。中に入ると、まるでどこかの図書館のように壁一面に埋め込まれた膨大な本の数に圧倒される。

「それで、君のことだけど」

しかし、そんな余韻すら味わわせてくれずソファに座ったノヴァは言った。

広い部屋の真ん中には居心地よさそうなソファが7脚ほど置かれていて、各々適当に座るから私も赤い刺繍のほどこされたものを選んで腰を下ろす。

「まず、シェトーというのは……。あのシェトー大佐のこと?」

あの魔法での大立ち回りより先にそれを聞かれたことは意外だったが、本当のことなのでこくりと頷く。

「つまり、3年前、ラスヒビアの奴等と戦って戦死した」

「ええ。当時は少佐だったけど、死後大佐に昇進した」

淀みなく答える私にやっぱり4人は神妙に顔を見合わせる。

いつもみたいな生意気で気障でむかつく雰囲気は消え、どこか私に遠慮するみたいな視線。こんなことなら悪口でも言ってくれてたほうがまだ気が楽だと思った。

「あ、ねえ。皆の名前教えてよ」

そんな空気に堪えられなくなり、私はそんな提案をした。

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